14

首から下げたタオルで濡れた髪を軽く拭きながら階段を上がって部屋に入る。中に入るとPCの前じゃなくてベッドに座り一緒に持ってきたペットボトルのお茶を一口飲んだ。それからまだ額に汗が滲むほど温かい体を冷ましながらしばらくぼーっとしてた。


「今は解決とかできなくてもまた前みたいにジョンクさんとみんなと一緒にゲームができればいいのかな?」


それが何も考えてない空っぽの頭にポツンと浮かんできた。誰に問いかけてるのかも分からないけどそれでいいような気もした。とりあえず今は前回変な感じで終わっちゃったからその気まずさを無くしたい。そう思ったら自然と体が動いてPCの前に座った。そしてGチャットを開き新しく部屋を作ってヴィランをしているジョンクさんに招待を送る。前回、本垢とフレンドになっといてよかったと思いながら。招待を送ってから5~10分後ぐらいしてからジョンクさんは入室してきた。


「あっ、どうも。いきなりすみません」

『大丈夫。ランクしてたから遅くなってごめん』


ゲーム内チャットじゃなくてGチャットだからかいつものローマ字じゃなく日本語で送られてきた文字は新鮮だった。それはいつも髪を結ってた子が髪を下ろしたみたいな感じ。


「全然大丈夫ですよ。急に招待を送ったのはボクですし」


その言葉の後にジョンクさんの文字は続かず代わりに沈黙が『何の用?』と問いかけてるようだった。


「あの。夕方の、事なんですけど...」

『急に退出してごめん。あんなこと言って引いたかと思って...』

「そんな!そんなことはないです」

『気を使ってくれてたとしてもそう言ってくれてありがとう』

「あの。言いたくなかったら全然答えなくてもいいんですけど、どうしてそうなったんですか?」


この言葉への返事は少し間があった。でもちゃんと答えてくれた。


『中学に入って少ししてからイジメられて。すごく辛かったけどしばらくは我慢して学校行ってた。だけどある日熱で数日休んで、治ったんだけどもう学校に行きたくなくてそのまま部屋に閉じこもった。今は部屋を出るのはトイレとお風呂ぐらい。2階はもうご飯とかを運んでくる以外で親も来ないし、お風呂は全員が眠った深夜に入ってるから誰とも会ってない』


可哀想。そう一言で片づけてしまうと他人事になってしまうがそう思ってしまった。


「その..イジメの理由とかは?」

『分からないしもうどうでもいい』

「そうだったんだ」


何を言っていいかまた分からなくなった。


『その数か月後にヴィランが発売したからもう3~4年ぐらいずっと人と会ってないし1階へも数える程度しか下りてない』


中学入って少ししてからイジメが始まって、しばらくしてから引きこもって、数か月後にヴィランが発売。ヴィランの発売はボクが中3の時だから。


「ジョンクさんっていくつなんですか?」

『今年で17』


今考えることではないのかもしれないがジョンクさんって年下だったんだ。


『多分。なお君より1個下かも』

「そうですよね。結構前にボクとカズが同い年ってことで盛り上がってたから。ジョンクさんってボクとカズの1個下なんですね。てっきり上かと思ってました」

『下です』


下ということでタメ口がいけないと思ったのか急に敬語になった。だけど少し違和感というか変な感じ。


「いや、全然敬語とか使わなくていいですよ。いつも通りで」

『分かった。なら、なお君も敬語は止めてほしい。かも』

「じゃあカズに話すみたいに話すね」

『うん』

「それとちょっと気になるんだけど、ジョンクさんは。その。イジメられる前は学校は好きだったの?」

『嫌いではなかった。仲の良い子もいたしそこそこって感じ。でもその子たちもイジメが始まってからは離れたけど』

「ボクは学校に友達はいなかったな。かったていうか今もいないんだけど」

『なんで?』

「んー。勉強もダメだし運動もダメだし話が面白い訳でもない。何の取柄も無くて面白くないボクにそもそも人は集まって来ないから?それにボク自身人と話すのそんなに得意じゃないから。そうなってくると人と関わる機会自体ないし1人なのは自然といえば自然だよね」

『寂しくないの?』

「どうだろう。確かに同級生を見てると友達がいたら楽しんだろうなって思うけど。もう慣れたし」

『そうなんだ。なお君は強いんだ』

「どちらかと言えば自分から話しかけられないし会話を盛り上げられない弱虫だと思うけど?」


話ながら改めて自分の学校生活を振り返ってみてもボクがこんなに人と話しをしてるってことがすでに驚きだ。でもこうやってジョンクさんと話したりカズやアニさんやビスモさんと話してみて思うのは、ボクに足りなかったのは何か人を引き付ける魅力じゃなくてただ単純に話しかける相手を知ろうとする1歩目の勇気だったんじゃないかって思う。案外、いや少なくともボクが思っているよりは人が人と仲良くなるのは難しいことじゃないのかも。有名な物理学者風に言うなら、人と仲を深めるのに必要なのは99%の話しかける勇気と1%の相性なんだろう。そんなことを考えていると湯船に浸かりながら頭に浮かんできた訊きたいことを思い出した。


「この前、オフラインに出られるなら出たかったって言ってたけど。ジョンクさんは外に出たいの?」


この質問に考えているのかすぐには返事はこない。


『半々』

「というと?」

『出たい気持ちもあるけど怖い』


外が怖い。多分それは今のボクじゃ想像もできないことなんだろう。


『やっぱり分かんないかも』


ボクは引きこもったことがあるわけじゃないし引きこもってる人のことについて詳しいわけでもない。でも別にドアに魔法がかかってるわけでも外から固く閉じられてるわけでもないと思うから出るかどうかの選択権はやっぱりその人にあると思う。


『出ても何もないし。出なくても何もない。もう何もない』


言葉で言えば単純だけどそう単純なことじゃないのは分かる。するとふと、自分が人に話しかける時と似てるなって思った。比べるモノが違うとは思ったけど直感的にそう思った。最初の1歩が物凄く怖い。


『出ても出なくても。もうどうでもいいかも』


ならジョンクさんに必要なのは、勇気?出たいという気持ちと鍵はかかってないけど固く開かないドアを開けてくれる人。それがあれば出られる?のかもしれない。分からないけど。


「ちょっと想像してみてほしんだけど。例えば、この前みんなで話したジャパンカップの決勝戦あったでしょ?OFG対桃太郎」

『うん』

「まぁあのカードは無理でも大会の決勝を実際に会場へ行って観戦したり。新しいマウスやキーボードとかを買いに行ったり。ビスモさんやアニさんやカズなんかとみんなで一緒にご飯食べに行ったり。あとは、映画とかでもいいね。そんな感じでさ。色々と遊んだりしてみたくない?」

『――まぁしたい。けど』

「でしょ。ボクはOFG対桃太郎をステージ前じゃないけど会場に行って観たからわかるけどあの熱量はすごかったし今でもハッキリ思い出せるぐらい興奮した。歴史的瞬間に立ち会ったって感じかな。静けさも耳が痛くなる程の歓声も自分が実際にプレイしてるみたいにすごかった。ジョンクさんも体験してみたくない?」

『したい』

「あとはOFGモデルのマウスとかキーボードを買いに行くとかも楽しいと思うよ。実際に触ってみてこれじゃないとかもう少し小さいほうがいいとかって見ていってたら自分にピッタリの最高なデバイス見つけちゃったり」

『今のマウス少し大きいからそれいいかも』

「それにみんなでご飯とか行きたいよね。ビスモさんってどんな人なんだろうとか。アニさんはホストしてるって言ってたからすごくイケメンなんだろうなとか。カズが実は強面だったらどうしようとか。ジョンクさんは想像と同じかなとか。そんな風に考えるだけでも楽しいけどやっぱり実際に会ってみたいよね。多分緊張すると思うけど」

『少しは気になる』

「あと...。ジョンクさんは見たい映画とかないの?」

『ないことはない』

「じゃあそれをみんなで見に行くとかも楽しいかもね」

『キャラメルポップコーンと塩ポップコーン両方食べたい』

「いいじゃん。手分けして買って分け合えば。でもそうしたらカズがほとんど食べそうだけど」

『分かる!そしてビスモさんとアニさんが分け合うけどアニさんが食べ過ぎてビスモさんが怒るとか』

「あぁー想像できるなぁ。――ジョンクさんはそういうのしたくない?ボクはすごくしたい。今まで友達がいなかった、いや、作って来なかったからそんなことしたことないからね」


今まで誰かと休日に遊びへ行きたいとか思ったことないけど今は心の底から思ってる。それだけみんなとの時間は楽しいってことなのかもしれない。


『したい...したいよ。ヴィランを始めてから誰かと関わるのが嫌でずっとソロでやってきたけどアニさんに誘われてちょくちょくやるようになってから、誰かとやるのも悪くないって思い始めた。そしてみんなのとこに誘われた。みんなで遊ぶのは本当に楽しかったし楽しみだった。ソロでやりながらも早くみんなと出来る時間にならないかな?って思ってた。だから私のせいでオフラインが出られなくなった時は本当に申し訳なかったし、嫌われたと思ったよ。そう思ったら悲しかったし自分がもっと嫌いになった。私を受け入れてくれるのはみんなだけだし、ずっと一緒にいたいよ。それに遊びにいけるなら行きたい。だけど、だけど...』


何だろう少し嬉しかった。ジョンクさんの本音が聞けたと思って。


「じゃあさ。外に出ようよ」

『無理。怖いもん。わがままって分かってるけど。何言ってんだって思うかもしれないけど。怖いの。何が怖いかも分からないけど。ただただ怖い。私はもう一生ここで生きていくしかないの』

「大丈夫だよ。ボクらが迎えに行くから。1人で無理ならみんなで頑張ろう。ヴィランでもそうでしょ?1人で勝てなくてもみんなで力を合わせれば勝てる。だからオフラインまで行けたんだよ。強いチームばっかだったのに。勝ち進めた。その中にはジョンクさんの力も含まれてるんだ。ボクらはチームじゃん。誰かがキツければカバーする。誰かの調子が悪ければ他のみんなが頑張る。ヴィランでそうしたように現実でも、ジョンクさんが1人で無理ならみんなで力を貸すよ?だから一緒に1歩を踏み出そう。君が心からそれを望むならボクらは喜んで力を貸すよ」


ジョンクさんは少し長く黙っていた。急にこんなこと言われて戸惑うかもしれない。


「――ほん...とに?」


それはまだ幼さ残る可愛らしい声だった。少し泣きだしそうで震えた声。

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