12
その言葉の意味は分かるがすぐには理解が出来なかった。
「それは、明日用事があるってことですか?」
『tigau(違う)』
「なら出れるじゃない」
『gomen derarenai(ごめん。出られない)』
「ん?どういうことだ?出たくないってこと?」
『gomennasai(ごめんなさい)』
「アンタさ。まさかと思うけどさっきの試合、負けようとしてわざと手抜いてた?」
その言葉にジョンクさんからの返事はない。確かに4回戦までの勢いは明らかになくなってたし何ならいつものジョンクさんより立ち回りとかエイムとかは良くなかった。だけどそれは疲れのせいだと思ってた。まだわざとそうしたとは限らないか。でもビスモさんはその沈黙を肯定と取ったらしい。
「信じられない」
そう言いながらビスモさんは大きくため息をついた。オフラインに出られないもしくは出たくない理由は分からないけど、そう言うなら仕方ない。ボクも強制はしたくないし、そもそも大会に出たいって言ったのはボクだから今度はボクがジョンクさんの意見を尊重しないと。
「分かりました」
「なお。アンタいいの?出たかったんじゃないの?」
「出たいですけど無理やりは嫌ですから。それにボクはこのメンバーで出たかったので誰か欠けるなら一緒にそこで終わります」
「まぁ、元を辿ればアンタが言い出したことだからアンタがいいならアタシは何も言うことはないわ。わざと負けようとしてるやつのために必死になったのはバカバカしいけど」
どうやらビスモさんは結構怒ってるらしい。
「じゃあボクは運営さんにこのこと伝えてくる」
そしてGチャットを使って運営さんには『メンバーの諸事情でDay2のオフラインは辞退したい』ということを伝えた。
「伝えてきました。準々決勝の6回戦目を不戦勝とするか代わりに5回戦で戦った相手が出るかどっちかの対処をするらしいです」
『honntoni gomennasai(本当にごめんなさい)』
「全然大丈夫ですよ。結構試合して疲れてると思うので今日はここで解散しましょうか」
「確かに1試合1試合結構集中したからな。疲れた」
「僕もさすがに疲れた」
「それじゃあみなさんお疲れ様でした」
そしてこの日は解散した。次の日もGチャットにはいつも通りいつもの面々が集まっていたがそこにジョンクさんの名前は無かった。
「ジョンクさん今日は来ないんですかね?」
「いいんじゃない別に」
「ビスモまだ怒ってるの?」
「別に」
「怒ってるじゃん。でもビスモがそんなにオフライン出たかったなんて少し意外だな」
「そこはどっちでもいい。ただアタシは最後まで行く気がないのに出るって言ったのとオフライン直前の試合で手を抜いてたのがイラつくだけ」
「というかそれに気が付かないでジョンクさんの分まで頑張ったのに腹が立ってるんでしょ?」
「バカみたいでしょ」
「まぁビスモさんの言ってること俺は分からなくもないかも。イラつくっていうかちょっと悲しいよな」
確かにカズの言う通り少し悲しい気持ちになってしまう。なんだろう。裏切られたって言ったら大袈裟だけどジョンクさんも全力でプレイしてるけど疲れとかで上手くいってないって思ってたから。でもそれは同時にボクらがそれだけ本気でプレイしてたって証でもあるし、そもそもまだ理由が分からないからこんな風に思うのは間違ってるのかも。というかそうであってほしい。
「そういやアニさん。ジョンクさんって何してる人なの?」
「んー。僕もよく知らないかな」
「ていうか俺、ジョンクさんがインしてない時って見たことないかも」
「確かに。僕は本垢ともフレンドだけどみんなでやってない時とかはその垢でプレイしてるのよく見るかな」
「このままジョンクさん顔出さなくなったら嫌だなぁ」
そうなったら大会に誘ったボクのせいだと思うし、そうなったらきっとボクは誘ったことをそもそも大会に出ようと思ったことを後悔すると思う。
「でも俺だったら気まずくて顔出しづらいな」
「そうだよね。ほら、ビスモ。メッセージ送ったら?もう怒ってないって」
「いや」
「んー。だよね。そう言うと思った」
「ボクがメッセージ送ってみますね」
「僕も送ろうかな」
「じゃー俺も」
少しだけどういう風に書こうか悩んだけどシンプルにいつでもいいからまた一緒に遊びましょうって送ることにした。色々と気になることはあるけどジョンクさんが言いたくないなら別にいい。それでまた楽しくランクやクラン戦ができるなら大した問題じゃないから。
「これでよしっと。――それじゃあパーティー招待送りますね」
だけどそれから数日経ってもジョンクさんがGチャットに現れることはなかった。それどころか誰のメッセージにも返信はない。
「ジョンクさんあれから一回も来てないですね」
「そうだね」
そう返事をしたアニさんも少し寂しそうだった。
「まぁでも本人が来たくないのに無理に誘うのもなぁぁって!アニさんそれはズルでしょ」
「ごめん。でも今のは反応しちゃっただけだから許して」
今日は今のところ3人しか集まってなくて何となく2人の格ゲーを見ていた。
「アニさん今日ビスモさんは来ないんですか?」
「んー。さぁ?仕事忙しいんじゃない?」
「それかデートとか」
「えっ!?」
「あっ!隙あり!」
隙というかもはや動かなかった数秒を容赦なく狙ったカズがそのまま畳みかけラウンドが終わった。
「よっしゃぁぁぁ一本取った!へっへっへ。アニさんともあろう人が油断するとは何事かね?」
変な声とイントネーションで煽るカズだったが、その後のラウンド全部取られてその後もボコボコにやられてたからあれぐらいの煽りは許されるのかもしれない。すると下からお母さんのボクを呼ぶ声が聞こえた。
「親に呼ばれたのでちょっと席外しますね」
「ほーい。ってうわっ!上手すぎ」
「いってらっしゃい」
マイクをミュートにして部屋を出ると下に降りてリビングまで向かった。
「なに?」
「おじさんが和菓子持ってきてたから一緒に食べましょ」
「じゃあボクお茶淹れる」
「大丈夫。もう淹れてあるわよ」
「ありがとう」
そしてお母さんとテーブルを挟んで座り甘い和菓子を食べながら少し苦いお茶を飲んだ。
「ゲームだけじゃなくてちゃんと勉強もしてる?」
「してるよ。成績も落ちてないし。むしろ少し上がってる」
「ならいいけど。今日ニュースで引きこもりの息子を母親が殺害したって物騒なニュース流れてたから」
「別に引きこもらないし、そもそも引きこもって結果ゲームとかネットしてるだけでそれだけが原因っていうのはないと思うけど?調べた訳じゃないから分からないけど」
「確かにそうね。まぁ勉強してるなら良かったわ。母さんは尚也を殺すなんてことしたくないわよ」
「そんなことないけど。仮に、仮にだけど引きこもりになっちゃとしても殺人はよくないよ。それはそのニュースのケースであってもっと他の解決方法をお願いしたいんだけど?」
「やぁねぇ。冗談よ。もし引きこもったらすぐにドアと壁を壊して実質的に引きこもれないようにするから大丈夫よ」
「え?それも冗談だよね?」
「気になるなら引きこもってみてもいいわよ」
お母さんはどっちともとれない笑みを浮かべると飲み終えたカップを2つ手に取り立ち上がった。
「母さんお風呂に入るけど部屋に戻るの?」
「うん」
「あんまり遅くまでしちゃダメよ。睡眠は大切なんだから」
「分かった」
返事をしながら既に歩き出していた足をそのまま進めボクは部屋に戻る。Gチャットに戻ると2人はまだ格ゲーをしていた。その日は結局、おしゃべりをしながら2人の対戦を見るだけで終わったがこれはこれで楽しかった。
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