第5話 仲直りと彼女の執念

 前回から2日経った日の朝。


「おはよう。明菜あきな


「ああ、おはようございます。シノ」


 ちらっと視線を向けて挨拶をする明菜。

 相変わらず、明菜の奴は、俺より一足先に来ていた。

 朝6:00からとか、こいつにとってはきついだろうに。


「決めた事はやり通すのは、昔からだな」


 昨日、昔を思い返したせいか、懐かしくなる。

 思えば、昔の鉄棒の練習だって、半端にはしなかった。


「さすがに、昨日今日ですから、止めたら一日坊主ですよ」


 そうさらっと言う。


「ま、それもそうか」


 それだけ言って、ジョギング前のストレッチを済ませる。


「すぅ……はぁ……」


 最近は走り慣れたもので、一定のペースで長時間走るのもお手のものだ。

 朝の空気が気持ちいい。


「はぁ……はぁ……」


 対する明菜は、まだ二回目だからか、慣れていないようだ。

 無理もないか。もう少しペースを落としてみよう。


「ところで、さ。昨日、昔を振り返ってたんだけど……」


 ゆっくりと走りながら、言葉を選ぶ。


「昔、ですか?」


 はっはっと呼吸をしながら、答える明菜。


「ああ。そのさ……別れ話の時だけど、色々、悪かった」


 明菜は復縁する気満々のようだけど、その前に、俺が謝る必要があると思った。


「ええと、その……悪かったって。どれが、ですか?」


 いきなりの謝罪に、どうも戸惑っている様子。


「全部。別れ話を切り出したこともだし、理由だって自分勝手だったと思う。それに、その前に相談をしなかった事も。な」


 振り返っても、あの時の事は後悔しかない。

 それ以上に、こいつの気持ちを傷つけたと思う。


「……」


 しばらく、呆けたような表情のまま、黙って走り続ける明菜。

 彼女はどう思うだろうか。今更、と思うだろうか。


「なんか、そんな風に謝られちゃうと、気が抜けちゃいます。あれだけ、根に持ってたのに、追いかけて、あの時の事を謝らせてやるって思ってたのに。なんだか全部許せちゃう気になります。ずるい、ですよ」


 昨日、走った時の棘のある表情でなく、どこか穏やかな表情でそう言う明菜。

 心なしか、涙声が混じっている気がする。


「そん、なに、あっさり謝れるんだったら、別れ話、最初から持ち出さないでくださいよ、馬鹿みたいじゃないですか……」


 明菜の声はいつの間にか、ほんとに涙声になっていた。


「ほんと、すまん。色々、あの時は心の余裕がなかったんだと思う。お前の親父さんに言われた事が嫌だって、気持ちだけが先だってたんだ」


 言葉にすれば、ただそれだけのこと。


「もう、いいですよ。許しますよ。私も、ずっとあの時の事抱え続けるのは嫌、だった、ですし……これで、仲直り、ですね」


 相変わらずそう涙声で続ける。


「ああ、そうだな。俺も、なんかつっかえた小骨が取れた気分だよ」


 率直に謝るだけで、こうもあっさりと問題が解決するなんて。

 サークルにこいつが入ってきた時に、もっとちゃんと話をすれば良かった。

 別れたはずなのに、なんで……?なんて気持ちで怯えてるんじゃなくて。


「その……仲直りついでに、というとアレなんだけどさ。ヨリを……」


 と続けようとしたところ。


「その先は、ちょっと待ってもらえませんか?」


 静かな、でも、はっきりとした声でストップをかけられてしまう。


「なんでだ?友達には戻れるけど……ということか?」


 この流れだったら、承諾してくれると思っていたので、少しショックだった。

 あるいは、わだかまりは解けても、彼氏彼女に戻れるかは別ということか。


「誤解しないでください。そういうんじゃありません。11月に、フルマラソンを完走したら……というの覚えてませんか?ほら、一昨日の」


「そりゃ、確かに聞いたけどさ。もし、その時期にって話だとして、なんでだ?」


 直接的な言葉を避けながらだから、どうにももどかしい。


「私なりの決意ですよ。そもそも、私たちの始まりって、なんか曖昧だったじゃないですか。そろそろ、付き合わないか?って」


 その言葉に、あの、告白とも言えない場面を思い出す。


「まあ、言われてみれば、そうだったな。いや、ほんと悪かったよ」


 本当は照れくさかっただけなんだけど、言われた方にしてみれば、

 げんなりするような言葉だったのかもしれない。


「それは、もういいんです。で、考えたんですよ。今度は、区切りをつけて、私からきっちり想いを乗せて、伝えるんだって。そうしてたら、あんなにあっさりな別れ話にならなかったかもしれませんし」


 真剣な、決意の籠もった言葉。こいつがそういうのなら。


「わかった。11月、期待してるよ。まあ、その前に完走出来ないとだけどな」


 最後は、ちょっと茶化してみる。


「絶対、完走しますから。1年以上、色々考えてたんですから……」


 どこか怨念の籠もった言葉。1年間、こいつは何を考えていたのだろう。


「ちょっと怖くなってきたな。重い奴だったんだな、明菜って」


 まさか、こんなにも……と思う。


「重い女は嫌いですか?」


 少し、落ち込んだような声。


「いや、俺にはそれくらいでちょうどいいよ」


 もし、彼女以外の誰かを選ぶと考えても。淡白な俺は、彼女くらい好いてくれる娘じゃないと、誰かと彼氏彼女になろうという気がこれから起きないだろう。そう思える。逆に、昔、明菜と付き合いたいと思ったのが不思議なくらいなのだ。相性という奴だろうか。


「そうですか。良かったです」


 それからの俺たちは、付き合っていた時のように、和やかに話しながら、

 朝のジョギングコースを爽やかに走ったのだった。

 

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