第3話 練習初日とサークラかもしれない彼女(後編)
「じゃあ、高木さんは……どうなんですか?ライオンさんなんですか?それとも、争っている様子を観察している飼育員さん?」
この来てほしく無かった質問にどう答えたものか。
走りつつ、言葉を考える。
「まずは……だ。俺は、ライオンじゃないな。それは、断言できる」
少なくとも、今は。
「じゃあ、飼育員さんですか?」
と問われて、また少し考える。飼育員、ねえ。
その喩えの意味は、つまるところ、傍観者かって話なんだろうけど。
推測が間違って無ければ、ある意味当事者なんだよなあ。
「無理やりな喩えになるけど……その話でいうと、俺は、同じ檻にたまたま居た、熊、ってところかな」
言ってて、たとえ話にしても滅茶苦茶にほどがあるだろうと思う。
「熊って、雑食なんだよ。草も食えるし、肉も食える。さっきのライオンさんは、基本、肉が欲しいのに草で飢えをしのいでる状態だけど、熊さんは草だけ食ってても平気、みたいな」
どんどん話が苦しくなってくる。
「それで、たまたま熊さんは、別に羊さんを食べる気にならなかったと。草の方が美味い!と。色々と納得が行きましたよ。今までの事も」
声にドスが効いている。暗に、高校の頃の事を言ってるんだろうと推測するが。
「もう終わった事だろ。勘弁してくれよ」
責めたい気持ちは嫌という程わかるけど、大学に入ってまで持ち出さずともいいだろうに。
「私にとっては、まだ終わってませんからね」
さらに、声が一オクターブくらい低くなった。
「マジか……」
そこまでだったとは、さすがに俺でも予想外だ。
「マジですよ。ただ、一度、仕切り直しにしたいという気持ちは私にもあります」
仕切り直しという時点で、再度挑戦する気満々じゃないか。
「仕切り直しにしてもいいけどさ。どうしたいんだ?」
俺としても、困惑してしまう。
「まず!二人きりの時は、もう他人行儀な呼び方止めません?私、ずっとイラっと来てたんですけど。なんで、高校「まで」の関係まで無かったことにしようとするのかって」
慣れないジョギングの上に、さらに怒りを込めてしゃべるものだから、
「落ち着け。俺も、別にそういう意図があったわけじゃないんだって。ただ、俺の勝手で別れ話まで切り出して、申し訳ないなーと思ってたところに、同じ大学にまで来るもんだから、距離感がわからなくてさ。傷つけたのは、ほんっとーに悪かった!」
そう。実は、彼女とは高校の頃、彼氏彼女の関係だった。別れ話を切り出したのは、俺なりの理由があるといえばあるけど、身勝手な事は自覚してるし。
「本当に、悪いと思ってます?」
ギロリと殺意の籠もった視線で睨まれる。マジで怒ってる時の目。
「思ってるって。ほんと」
この視線、心臓に悪いので勘弁して欲しい。
しかも、ジョギング中だから、心臓に悪い度も二倍だ。
「じゃあ、これからは、二人きりの時は、シノって呼びますからね?」
相変わらず目が笑ってない。
「ああ、もう、なんとでも呼んでくれ。それで気が晴れるなら」
シノ、というのは、
「あと……は。シノも、私の事、
その呼び名に、少し、懐かしい気持ちを覚える。
「わかったよ、明菜。とりあえず、それで仲直り、な?」
ジョギング中に元カノに責められ続けるとかどんな罰ゲームだと思う。
お願いだから許して欲しい。
「わかりました。まだ、モヤモヤした気持ちはありますけど……今は言っても仕方がないですから」
仕方がないというように、ようやく矛を収めてくれた。
「たす、かる。とこ、ろでさ。そろそろ、一周、だな」
延々と痴話喧嘩繰り広げながらだったから、周りの景色すら覚えていない。
「あ、ほんと、です、ね……」
というわけで、一周して戻ってきた俺たちは、床に大の字になってバタンキュー。
「はあ、はあ……あー、もう。しんどいな」
普段なら、たかだか5kmくらいものともしないのだけど、心臓に悪い話が来るし、走りながら喧嘩するしで、息が切れた。
「私の方がしんどいですよ。そもそも、シノは高校の頃から、運動部だったし、走り慣れてるじゃないですか。文化系の私は、こんなに走ったの久しぶりですよ……」
息を切らしながらも悪態をつく明菜。
しばらく、地べたに寝っ転がりながら息を整える俺たち。
「シノ……十一月のフルマラソンを完走出来たら、伝えたい事があります」
ようやく、呼吸が戻ってきた明菜が告げる。
「いいけど、一体なんだよ?」
「この文脈考えたらわかるんじゃないですか?」
まあ、そうだろうなあ。
こいつは、別れ話が納得行かなかったわけだし。
「わかった。俺もそれまでに、心は決めておくから」
そもそもは、俺が身勝手な理由で別れを切り出したのが原因だ。
今、その時の不安があるかというと…たぶんない。
だから、今、応じてもいいんだけど、明菜なりの区切りなのだろう。
ほんと、俺も馬鹿な理由で別れを持ち出したもんだ。
そう、今更ながら、昔のことを振り返る。
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