第2話 練習初日とサークラかもしれない彼女(前編)
次の日の朝6:00。早朝といってもいい時間だ。
そんな時間に、きっちり、待ち合わせ場所に
大橋さん狙いの男どもは意外にも、この話には食いついてこなかった。
「おはよう、大橋さん」
早くも柔軟体操を始めている彼女に、そう声をかけると、何やら、もの言いたげな視線がかえってくる。
「ん?何か、変なところでもあるか?」
「……別になんにも。おはようございます、高木さん。朝、早いですね」
ニッコリと微笑んで、そんな返事を寄越してくる。
さっきの視線が気になったけど、追求しても仕方がないか。
「夏場は、日が照ると走るのしんどいからな。早起きして走るのがいいんだよ」
これから、七月、八月と時間が経つに連れて、効いてくるだろう。
言いながら、俺も柔軟体操をする。
「隔日でこれだと、きっついですね。早まったかなあ……」
少し後悔するような言い様だ。
「別に、きついなら、いつでも中断していいからな?俺は俺で走るだけだし」
これは本音だ。正直、一緒に走る相手がいると退屈はしないかもしれないけど、一人でも練習はできる。だから、気遣いの意味で言ったのだけど。
「いいえ!ちゃんとやります!三日坊主は嫌ですから!」
大橋さんはあくまでやる気らしい。
そんな生真面目なところは、彼女らしいなと思える。
「……何、ニヤニヤしてるんですか?」
「ニヤニヤしてたか?」
「そう見えましたけど」
「気のせい、気のせい。とにかく、走るぞ」
「ハイ!びしばしシゴいて下さい、軍曹!」
そう言いながら敬礼する姿にぷっと吹き出してしまう。
「大橋さんには、それは似合わないって」
笑いをこらえながら、そんな事を言う。
「大学デビューってことで、新しい芸風を開拓しようとしたんですけど……」
「人間、素のままが一番だって。大橋さんだってな。いいから走るぞ」
言いながら、ゆっくりと走り始める。俺たちの通う大学は、はっきり言って田舎といっていい立地だ。だから、こうして走ると、空気がおいしい。
「空気が美味しいって陳腐な言葉だと思ってましたけど、わかる気がします」
隣を走る彼女がぽつりと言う。
「だろ?走るってのは、いいもんだと思うんだよ」
という俺だって、去年、初めてフルマラソンを走った程度だけど。
「高木さんは慣れてるからそう言えるんですよ」
「大橋さんもいずれ慣れるって」
走りながら、そんな事を言い合う。
しばらく、沈黙しながら走る俺たち。
周りは木々に囲まれていて、ろくに車も通らない。
静かなものだ。
「……あの、ちょっと相談していいですか?」
少し戸惑った後、大橋さんはそう切り出してきた。
ようやく息が整って来たせいもあるんだろう。
「おう、なんでもいいぞ」
誰かの悩み事を聞くのは好きだ。
その人の心に触れられる気がするから。
「なんか、ここのところ、サークルの空気が微妙な気がするんですけど……もしかして、私のせい、でしょうか?」
遠慮がちな切り出し。お嬢様な彼女でも、さすがに気づくよなあ。
特に、モーションかけられてる側だし。
「あー、別に、大橋さんのせいじゃないって。男どもで勝手に大橋さん狙いの連中が、バチバチ火花散らしてるだけ」
そう。サークル「旅の会」は、そもそも、女性比率が低い。その上、同期以上の女性は大体、サークルの内外で誰かとデキてるか、男に興味ナッシングな世俗からかけ離れた人ばかり。そこで、話しかけやすくて、しかも可愛い新入生の女の子が居たら、同じ子狙いになるのもありがちだ。
好きな相手にモーションかけるのはいいけど、サークルの空気を悪くしないで欲しい、と正直思う。サークル・クラッシャー、略して、サークラ、という言葉を昔聞いたことがあるけど、このケースは男どもがクラッシュさせようとしてると思うんだよな。
「とはいっても、私が入ってくるまでは、そうでもなかったんですよね。だったら、やっぱり、私のせいじゃないかなって思うんですけど……」
力なく言う大橋さん。
「気持ちはわかるんだけど……」
うまい言葉を探そうとするけど、なかなか見つからない。
自罰的過ぎる、といえばいいのだけど、それでは伝わらないだろう。
そうこうしている内に、気がつけば、コースの半分手前まで来ていた。
話していると、随分、時間が経つのが早く感じる。
普段、一人で走ってるともっとゆっくりなのに。
「喩え話にするとわかりやすいかな。まず、檻の中に、四匹のライオンが居たとしてよう。あ、ちなみに、ライオンだけど、草食ってても生きられるって事で、ここは一つ」
具体的な状況を思い浮かべながら、語りかける。
「なんですか、それ。草食ってても生きられるって」
そして、案の定、そこにツッコミが入った。走りながらで息が上がりながら笑っているから、呼吸が心配になる。
「あくまで、た・と・え。とにかく!草食ってても、ライオンさんは生きられることは生きられるんだよ。ただ、そこに哀れな羊が一匹、迷い込んじゃったらどうなるかというとだな……」
「ライオンさん同士、での争奪戦が、起きる、と。納得です」
笑ったせいか呼吸が乱れているな。少しペースを落とすか。
「で、迷い込んだ羊が悪いと思うか?」
「悪くないですね。強いて言うなら、運が悪かった、でしょうか」
「そういうこと。だから、大橋さんは悪くないよ」
少し強引だけど、これで納得してくれればと思う。
「ちょっと無理やりな気がしますけど……わかりました」
そうか。納得してくれたか。と、ほっとしたところに。
「じゃあ、高木さんは……どうなんですか?ライオンさんなんですか?それとも、争っている様子を観察している飼育員さん?」
来て欲しくない質問が飛んで来た。ああ、もう。嫌な予感ほどよく当たる。
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