「俺、42.195キロを完走したら告白するんだ」
久野真一
第1話 「教えて欲しいんですけど」
時は六月。俺たちは、サークルの部室に集まって、だらーんとしていた。それもそのはず。とにかく、外が暑いのだ。梅雨入りの気配は一向に見えず、気温ばっかりが高くなっていくものだから、こうして、昼休みに部室で涼むこともよくある。
「なーんか、最近、暑すぎて運動不足になっちゃいそうです。センパイ達は、何か、運動やってます?」
一年後輩の
「別に。食わないと痩せるし、体重を気にする程でもないしなー」
同い歳で二年生の
「僕は、時々、独りでボウリングをやるくらいかな」
三年生の、
「太田センパイ、なんで腕だけ鍛えられてるのかなって思ってたんですけど、納得です。ボウリングもいいですよねー。今度行こうかなー」
そんな、大橋さんの言葉に、部員の何人かの目の色が変わった。ここだけの話だが、部員の中で彼女は人気がある。新入部員で女性は彼女一人。加えて、キャピキャピした感じじゃなくて、フランクに話せて、可愛くて胸もある、とあって、何人か狙ってる男共がいるのは知ってる。下心満載な奴はこれだから……。
「そうだね……。じゃあ、来週辺り、皆でボウリングに行くのはどう?」
さりげないそぶりで、モーションをかける太田先輩。いきなり、「二人で」なんて言わない辺りは、さすがにサークルの空気を考えてのことか。
「うーん、来週ですよね……。すいません、友達と遊びに行く約束があります」
予定を確認するフリをして、そんな無難な返事で躱す大橋さん。温室育ちの彼女には、無警戒でホイホイついてって、お持ち帰りされそうな危うさを感じたので、うまく断る術を教えたのだけど、実践してくれている。
「ああ、スンマセン。俺も予定あります」
と断る中島。こいつ、大橋さんが断るかどうか見てから、態度決めたな。
「じゃあ、俺、付き合いますよ。太田先輩。ボウリングは好きですし」
俺は、男同士で騒ぐのは好きだし、下心はともかくとして、太田先輩は嫌いではない。だから、そう自然に返事したのだけど。
「ああ、ありがとう。後で、また連絡するね」
一瞬、微妙そうな表情になった太田先輩だけど、そんな無難な返事を寄越してくる。これ、有耶無耶にして流すパターンだな。
自然な友人付き合いをしたいと思って選んだサークルなんだけど、こうもガツガツしてる奴が多いとげんなりするな。下心は悪いことじゃないが、下心ファーストは止めて欲しい。サークル、変えようかな。しかし、サークルの空気はともかく、大橋さんが心配なんだよなあ。
「……そういえば。
思い出したように、大橋さんが、
「冬のマラソン大会に向けて、ジョギングしてるくらいかなあ」
そんな、最近の日課をなんとなく打ち明ける。せっかく大学生になったのだから、面白い事をやりたいと思って、十一月に行われるフルマラソン大会に出ることにしたのだ。去年、完走しているので、今年で二度目だ。自慢ぽいから言わないけど。
「ええ!?マラソンってあれですか?42.195km走る奴ですよね!?」
大橋さんの反応がやけにオーバーだな。
「ああ、そのマラソンだけど。結構、面白いぞ。特に、タイムが縮んだ時は快感だ」
体調が悪いときは、しんどいけど、それでも、少しずつ自分の身体が鍛えられていくのがわかるのはやっぱり気持ちがいい。
「……そのマラソン大会ですけど。私も出られますか?」
少し思案した様子を見せた後、彼女が伺うように聞いてくる。まさか出るつもりか?
「もちろん、出られるけど。今からちょくちょく練習始めてかないときついぞ?」
去年、練習不足のまま、42.195kmを完走した俺は、その後、一週間以上、筋肉痛が治らなかった。だから、忠告の意味と彼女のためを思ってそう言ったのだけど。
「やります。でも、私は初心者なので……高木さんが教えて欲しいんですけど」
と、珍しく、控えめな調子でそう聞いてきた。少しの間、思案する。下心が云々と言ってた俺が、男女一緒だと面倒だからというのは筋が通らないか。
「わかった。ただ、飽きたら、いつでも止めていいからな?」
複数の意味を込めて、そんな言葉を発するも。
「止めません。私も、フルマラソン、走ってみたくなって来ましたから!」
大橋さんは、かえって燃え上がってしまった模様。
こうして、俺と彼女の、二人での練習の日々が始まったのだった。
はてさて、どうなることやら。
本音として、彼女と二人というのは、色々勘弁してほしいのだけど。
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