第9話 警視庁外事課 元科学捜査研究所の女
郊外に在る科学捜査研究所に同行することに成ったのは、暑さが幾分しのぎ出した八月の下旬あたりだった。大きな公園の敷地に隣接した施設で、宛ら学園都市を彷彿とさせる雰囲気の中、僕らは、お目当の研究所を尋ねた。
「こちらが、M大の山下先生です。」
「始めまして、ミッキーがお世話になっているみたいで。」シルバーグレーの頭を掻きながら、その課長が挨拶してくれた。
「こちらこそ、まだ足したお役にも立ちませんで、ところで、ミッキーて安岡刑事のことですか?」
「ああ、すいません、つい口癖で・・・でも似てるでしょう。」この言葉に、明らかに不満げな表情を浮かべながら、「その言い方、止めてくださいて、何時も言ってるんですが。」
「ははは、それにミッキーて男の子ですよね。」
あだ名の由来は、美智子と言う名前と小柄な彼女が、いつも黒っぽい服を着ていて、そこらをうろちょろしている事からきているらしく、ねずみを総称して付けられたあだ名らしい。
そんな気さくな挨拶から、この一見、何処かの大学教授にしておいても、全く違和感のない課長、斉木庄治さんと知り合うことになった。
「ミッキーが外事課に引き抜かれてから、結構大変なんですよ。私は化学、ケミカル系なもんで物理屋が居なくなってしまって。」そういいながら、お茶やらお菓子やらを、取り出し、テーブルの上に並べ始めた。
「昼飯は、ここを出て少しいった所にいい店ができまして・・・」なかなか本題に入りださない、課長を見て、業を煮やしたのか、持参した資料をテーブルの上に置き始めた安岡さんを見て
「おお、わりーわりー、会議室取ってあるから、まーあ、茶ぐらい飲んでからで良いでしょう。」
安岡刑事の苛立ちを他所に、悠然とお茶を飲み干すと、僕らを会議室に連れて行ってくれた。
「この部屋は、トップクラスのセキュリティー設備が施されています。盗聴はもちろん。ネツト接続時の防壁なんかもね。まあーそんな訳ですから、本音で話ができますので。」斉木課長の真顔を少し覗いた気がした僕が
「では資料は、ご覧いただいていますね。」その言葉に、斉木さんは目の前の端末を操作して、モニターに資料を映し出した。
「機密資料は、原則紙では残さないようにしてます。頭の中か、セキュリティーの施された電子資料として扱います。」
「ああ、これミッキーが居なくなってから導入されたシステムだから。」意外そうな顔して見とれていた安岡刑事に付け加えるように課長は言った。
「山下先生の分析結果からも明らかの様に、検体は三重水素水です。放射性特性や純度については、ここの施設ではある程度のことしか分かりませんが、水としての特性を成分分析した結果を説明します。」モニターの資料が変わり、詳細な検査結果が写し出された。
「水としては、純水でph7.0、ミネラル成分につては、放射線の影響により誤差が大きく、ケミカル的な分析結果からは、未検出。少量ですが、有機物が検出、どうもこれは、限界ろ過膜の一部と推定されますね。」
「ほお、水としてろ過されてたってことですか?しかも三重水素水として」
「そのようですね。」
「今の知りうる技術では、重水の精製は電気分解と蒸留装置を使っています。原子炉内の中性子により重水化させた水を電気分解させて、軽水と徐々に分離する方法で、蒸留の方は遠心分離機との組み合わせで軽い軽水と重水を分離する方法です。原理的に限外ろか膜では、軽水と重水は分離できませんね。」
「となると、ろ過した目的は…」
「私もその辺が気にかかった所なんですが、先生はどう思いますか?」
「その先生て、ちょっと…山本、あるいは哲平でかまいませんから。ろ過した目的は、単純に水が汚かったから? 他に有機物、動植物に関わるものとか、微生物の片割れとか有りませんでしたか?」
「DNAでも見つかればと思ったのですが、綺麗なもんでしたよ。この三重水素水て言うやつを作るのは、そんなに難しいもんなんですか。」
「ただの重水なら、原子炉さえあれば、実際重水炉というタイプの原子炉がありますし、それなりに手に入れることは難しくありません。現実に試薬で販売したりもしてますね。でも、三重水素水となると、重水中にわずかにある三重水素水を気長に分離していくか、リチウムに中性子を当ててトリチウム化するか、どちらにしても結構な手間と時間と巨大な設備が必要となります。アメリカか旧ソ連、あとはフランスの軍事施設でもないと作れませんね。さらに、トリチウムは12年の半減期を持った放射性物質ですから、文字通り、12年後にはヘリウムに崩壊して半分になってしまいます。今回のサンプルは100%に限りなく近い純度のトリチウムでごく最近に作られたと考えられますね。」
「水としての見地からすれば、ごく普通の純水製造機で作られた水、つまり、小型の蒸留塔がありイオン交換樹脂があり最後にろ過している、普通の化学をやっている研究室なら大抵ある装置で精製された純水といったところですかね。」
「あのー、蒸留している時にヘリウムはどうなりますか。」
「気体なので気化しますね。」
「以前にも、少し伺ったのですが、この品物の出所についてなんですが。」
僕の質問に対して、少しもったいぶった様子をしてから課長さんは話出した。
「これから話すことを漏洩した場合は、国家機密漏洩罪に問われ禁固もありうるので・・最もそんな法律が有ればですけどね。どこまで、聞いていましたか?」
「さる高貴な方の持ち物であったと言うのと、その方が事故で亡くなられたってこと位です。」
「ミッキーは?」
「ええ、私もその程度です。外事課の課長なら詳細はご存知かと思いますが。」
「ふーん、まあ、確かにこれから話すことがバレルと俺の首が飛ぶことは間違いないので
心して聞いてくれ。まず、その高貴な方だが、デンマーク王室の関係者だ。俺も詳細は知らんが、一族であることは間違いない。死因は心臓麻痺、元々持病が有ったらしい。まあ
、この事件が、通常の皇室関連の行事で起こっていれば、我々が首を突っ込む事なく、知ることも無いまま闇に葬られていただろう。運悪く、事件が起こったのが、東京歌舞伎町で、しかもキッズポルノの店と有っては、最悪の場所だった訳だ。変態爺が店で急死したもんだから、マル防の刑事やら、生活課の刑事、当然新宿署も入り、しかも該者が外人なんで不法残留者対策班まで話が飛んでしまった。急死のきっかけは、なんでもその店から、少女を連れ出そうとしたらしいのだが、詳細は解らないままらしい。当然急死した仏の身元や所持品が調べられたわけだが、外務省や宮内庁が手を回す前に、所持品のこいつが見つかった。はじめは、薬(ヤク)かなんかと調査していたんだが、なんとトリチウム水、当然こんなもの持っていれば外為法違反、武器輸出入関連違反、原子力関連のなんたらかんたらの法律違反、そのたもろもろって訳だ。さすがの外務省や宮内庁もこうなっては穏便にことを運ぶことができなくなった。まあ、それでも、仏の身元や事件そのものはなんとか隠蔽し、ただの事故として処理しているというのがこの事件の発端て訳なんだ。」僕はここまでの課長さんの話をききながら、一寸やばい事になりそうだと思いながら
「そのキッズポルノ店とトリチウム水と何か関連が有るんですか?」
「いまのところ、分からないらしいが、テロリストとかスパイのアジトて訳では無さそうだ。単なるスケベ爺の趣味なのか、でもいくらお忍びでも、王族関係があんなところいくか?昔の戦国武将みたいに男色の風習でもあれば別だろうが。」
「ええ、てことは、少年が目当ての…」安岡刑事が口を挟んだ。
「ショタコン専門店らしいな。」
「回収されたときの容器はわかりますか?」
「うん、どこかに写真があったな・・」そういって、課長が何枚かの映像を見せた。
「一見して携帯用のポケットウイスキーケースの様だが、外側の金属はタリウム?合金とかでできていて、内面はボロンガラスとかでコートされている品物だ。」
「放射性廃棄物の格納容器ですね。」
「ほう、やっぱり。てことは、該者は所持品の素性はしっていたってことか。その容器には何でもその個人を特定するイニシャルが刻印されていたらしい。」
「仏の関係者、海外の…からは何か情報は?」
「遺体は丁重に扱う事との以外、此方の質問事項に対しての回答は無い。簡単な検死の結果では心臓麻痺で特に外傷はないから、まあ解剖までは出来ないけどな。」
「あの国って、核融合炉なんて無いし。原子炉さえ隣の環境政策の余波を受けて途中で建設中止になったはずだな。何のためにトリチウムが必要だったのかな?」
「宇宙人とかじゃあー無いだろうな。体内で核融合してるとか!おれはそんなのは御免だぞ。」
「面白い発想ですね。」
「核物質の運び屋とか言った事件では無さそうですね。」
「どちらにしても当事者の国からの情報が無いと先が見えませんね。」安岡刑事の半ば諦め掛けた口調に
「それじゃー面白くねーだろう。」課長がボヤキ口調で言った。
「宇宙人説は取りあえず置いておいて、北欧に纏わる話を一寸紹介しておきます。僕がロシアに留学してる時の話なんですが、所属していたアカデミーの依頼で、例の原発事故による北欧での影響を調査するため、あの辺に暫く居たことが有りまして、調査自体は、森林や湖の放射能汚染を測定するもので、放射線源種特定や定着率を確認する作業なんです。そんな中で、北欧てドラゴン伝説が結構あってその土地柄のそれぞれの話が伝えられていて、その中でも最もらしい話の中に、ドラゴンの卵の話と言うのが有りました。話の筋はよく聞く神話と言った内容ですが、ドラゴンの卵は孵化するまでに長い時間が掛かるため、その卵は
重き水にて安らぐと言う下りが有ったんです。確かにその辺の岩盤から湧く天然水は重水含有率が多く、過去にナチスの重水精製工場が在ったとの事なんですが。まあ、ドラゴンの卵は兎も角として、重き水の伝説が昔から言い伝えられていた事が僕の興味を引いて記憶に残っていたんですけどね。」
「重水精製工場て、やはり原爆製造のためですか。」
「そうでしょうね。完成する前にドイツは破れてしまいましたけど。」
「重水精製工場の話は、俺も聞いたことが有るな。」課長は相槌を打つように付け加えてから、
「ところで、トリチウムの純度問題なんですが、内の分析結果らすると、普通に水を蒸留しただけの作業なんで、ろ過前に高純度のトリチウム水が在った訳ですよね・・・。どうやったらそんな高純度のトリチウム水を作り出せるんですかね?」
「つねに中性子が出ている環境、他の放射線核が無かった事から、在るとすればですが、かなり高精度の核融合炉、それを冷やすために使われた水ですかね?そんな物があれば、人類のエネルギー問題は一挙に解決しますけど。」ぼくの推論に、課長は
「やっぱり、宇宙人か?」と返答返して、
「某国の協力が無いと先に進みませんね。」半分諦め顔で話を締めた。
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