第8話 檄のガールフレンド

短い時間ではあったが、今ではすっかりこの家(公孫樹の家)に馴染んでいる檄だが、思い起こせば、彼の登場も結構劇的な出来事であった。いきなり、妹の梢の弟だと乗り込んで来た檄だが、どう見ても少女にしか見えず、梢のたどたどしい説明を理解するまでは事態が飲み込めなかったのは事実だった。その檄を巡り、さらにややこしい事態が発生するとは、今に至るまで誰も予想してなかっただろう。その豆台風のような存在は、そろそろ秋の気配がしてきた穏やかに晴れた週末の朝方にやって来た。

敷地内に一台の高級乗用車がやって来た気配とともに、玄関ベルが鳴った。そこには、初老の多分お抱え運転手と思われる人物と、明らかに高級ブランドものと思われる、半ズボンと細身のタイをつけた身なりの整った少年が居た。

「こちらに、檄君がお世話になっていると聞いておりますが、面会したく、お邪魔させていただいて宜しいでしょうか。」

その少年は、礼儀正しく口上をのべ、入室の許可を申し出た。対応に出た僕は一寸面食らったが、とりあえず応接の方に通そうとすると、やおらに名刺を差し出した後、運転手を帰した。ヤスベーにお茶の準備を頼んで、綾香さんの所に行った。

「こんな名刺を持った、少年が尋ねてきたんだけど。」

「三芳薫、三芳ってあの百貨店の、このロゴ確かに三芳グループのよね。」そんな話をしている横で、にわかに、そわそわしだした檄が、今にも逃げ出しそうな気配を感じて、

「梢、檄を捕まえておいてくれ!」僕の指示で、檄は梢の羽交い絞め状態となった。

「一体何が有ったの?」この家の大家らしく事態の調停に乗り出した綾香さんだった。

「ともかく、来訪者に檄を合わせてみないと。」僕らは、観念した檄を連れて、小さなお客さんのところへいった。

「お初にお目にかかります。山下綾香さま、物理学者の山本さま、この度ご婚約おめでとうございます。」唐突に核心を突いてきた来訪者に、檄を除いた一同が面食らった。

「ええ、何でご存知なんですか?」

「当社も華桜会のメンバーですので、会員の動向には注意を払っております。」僕らの婚約は、まだ内輪の話で、グループ内の要人数人が知っている程度であった。

「父は三芳重成で、その娘の薫と申します。」

「娘!なんともボーイッシュな姿をしているので、てっきり男の子かと思いました。」

「その件については、諸所事情が有りまして、恐らくその辺の詳細は檄君に聞いていただければと思います。」

「その辺の話は、後からゆっくり聞くこととして、檄への御用向きは何でしょうか?」

「檄君に戻ってきてむらいたいのです。なぜなら、檄君は私の婚約者なのです。まだ年が行かないため、許婚と言っておいたほうが良いかもしれませんが。」一同が檄に注目している最中、

「ある誘拐事件のときの命の恩人と言ってもよい働きをしてくださいました。それと…私の貞操を奪った人でもあります。」

再び、一同が檄に注目していると

「貞操て何だ?」檄がスットンキョな声で喋りだした。

「おまえ、このお嬢ちゃんに何したんだ!」

「何もしてねーよ。男だと思ったからキスしただけだよ。誘拐犯人たちの隙をみて何とか脱出してきたんだけど。」

「一連の経緯を祖父、三芳徹蔵が知ることになり、年端が行かないとは言ってもそのような事実が有るのであれば、筋を通さねばならないと言うことで、婚約をすることになりました。」

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