第7話 黄金の落葉

朝の光と、何時もとは違った色彩に包まれた部屋の明るさに気がつき目を覚ました。中庭に面した大窓のブラインドが開いていて、散り始めた公孫樹の葉が朝日を浴び、輝きながら舞い落ちていた。その反射光は窓を通し僕の部屋に差し込んでいて、金色の陰影を付けながら部屋一面を染めていた。確かに、夕べ、ブラインドは閉めたはずだと思いながらも、その見事な光景に見とれていたが、ふと、背中に柔らかくて暖かい感触を覚えた。「梢か… でもそうだ、夕べから居ないはずだが。」そう思いながら、振り向いた先には綾香さんがいた。

「お目覚めですか。」彼女も窓越しの光景に見とれているようであったが、服を着ている様子が無かった。

「この間のデートのときに作れなかった大人の時間を作ろうかと思い、梢ちゃんの真似してみました。」

「ええーでも梢は、パジャマ着てますよ、何時も。」

「あら、分かりますか。」そう言いながら、綾香さんは体をくっけるように側に寄ってきて、僕を乗り越えながら僕の腕の中にすっぽり納まった。

「これで、よく見えるわ。今朝方から散り始めたのよ。綺麗でしょう。子供のころ祖母と一緒に見たことが有ったわ。祖母て、この間の写真の人よ。生涯ある科学者を愛し続けたの

。結婚もできずにね。子供もできたけど、当然、認知されるはずも無く、名目上、叔父夫婦の子として、山下家を継いだの。それが私の母よ。」綾佳さんは向き直ってから

「私は、よく言われるの。その祖母に似てるって。」そう言いながら、向き直った彼女が、唇を重ねてきた。

「いきなり、ベットの中でキスするのは、一寸過激すぎたかな。でも、前回そんな時間が取れなくてね。まさか、京子の旦那さんが哲平さんのお友達とは思わなかったわ。」そう言いながら、僕のパジャマを脱がし始めた綾佳さんの裸体が僕の目の前に有った。服を着ている姿からは想像がつかない、豊かな乳房と白い肌が美しく輝いていた。「私て、着痩せするタイプでしょう。」僕は、唾を飲むのがやっとのことで返事にもならない声を返していた。

「哲平さんについては、随分と慎重に観察させてもらったの。初めて逢ったとき、ふと祖母のことを思い出していた。三木本の叔父様からお話は聞かされていたけど、見た瞬間に、頭の中で祖母が語りかけて来た様な気がしたの。暫くして、靖恵ちゃんと同棲しはじめたって聞いて、しまったと思ったけど、そう言う仲ではない事と、梢ちゃんの存在が示してくれたように、哲平さんにとって、彼女達は愛すべき妹なのだと確信できた。そんな訳で覚悟は決まったのだけど、色々なすれ違いやら、タイミングが悪いやらで、本当はもっと時間をかけて大人の関係を築いて行きたかったのよ。でもそろそろ時間切れ、告白と行動が一緒なのは申し訳無いと思いますが、この行為が私の全ての意志なんです。だから受け入れてください。私にはあなたが必要なんです。好きです、哲平さん。」そう言って、僕の裸の胸に重なった。突然の告白と、その大胆な行動にかなり同様したが、彼女を拒絶する理由は無く、できればもう少し、時間をかけて事態を進めて行きたかったが、僕は受け入れた。混乱する頭の片隅で、梢の様に只優しく抱いて居るだけでは駄目なんだろうな、と思いながら、唇を重ねた。最初綾佳さんの行為は積極的だったが、核心に触れた途端に一変した。警戒する様に身悶えすると

「ご免なさい、始めてなの。でも続けて。」

そう言って甘える様に、体を預けてきた。それ以後はまるで人が変わったかの様に、温もりと柔らかさの中に僕を包んでくれた。火が着いた二人の情熱が収まりかけた頃、黄色い落葉も静まり初め、午前の日の光が深く差し込み出した。瞬きもしないで僕を見詰めている綾佳さんに、

「お腹空きません?」と声を掛けた。その瞬間に、ぷぅと吹き出し笑いした彼女は

「同じ事考えて居たんですね。何だか、恥ずかしくて切り出せ無く成ってました。」

「じゃー僕、支度します。」僕がベットから出ようとすると、少し名残惜しそうに腕に絡みついてキスをしてきた。収まり掛けた情熱が燻り出すのを感じながら

「兎も角、何か食べましょう。」僕の言葉で、不意に我に返った様子で

「ええ、そうですね。」そう言いながら、僕の抜けたベットのシーツをたぐり寄せていた。

「一寸汚しちゃったので洗って置きます。」

その姿は、印象派の絵画様に美しかった。

朝食の準備をしながら、中庭一面に落ちている公孫樹の葉をぼんやり見ていると、バスローブ姿の綾佳さんが、裸足で歩いて居るのが見えて来た。

「そう言えば、彼女初めから服着ていなかったのか。いつ頃から来ていたんだろうか。」そんな事を考えながら居ると、綾佳さんはそのまま、ダイニングへ入ってきた。

「一寸寒いけど、気持ちいいです。食事が済んだら、お風呂に入りませんか?」

「え、良いんですか。男子禁制の場所でしょ。」

「そう言う訳では無いんですよ。声を掛けてくれれば、何時でも調整したんですよ。」

公孫樹の家自体、風変わりな構造であるが、全体として見ればそれぞれの個室を持った共同住宅で数カ所の共同区画と言った場所がある。ダイニングやキッチン、リビングがそれに当たるが共同の浴室も有る。ただし、当初、男が僕一人であったためか、今までこの共同浴室を利用した事は無かった。男で利用できたのは檄だけかもしれない。もっとも本人は、梢と入るのは嫌がっていたが。そんな訳で僕は何時も自室のユニットバスで済ませていた。

朝食は、紅茶とべーコンエッグ、フランスパンとサラダそれにトマトのバジル風味を準備した。

「哲平さんて相変わらず手際が良いわね。良いお婿さんに成れるわ。」

「ええ、何でも一人でやらなければ成らなかったし、別に嫌いでは有りませんよ。料理て

実験の応用見たいな物だし、結構創作意欲がわく作業ですからね。外で美味しい食事を頂くと真似して見たくなるもんですよね。」

「そうですか、済みませんが私、料理下手です。」

「そんな事無いでしょう。あのクッキーは美味しかったですよ。」

「ありがとう、でも料理じゃ有りませんよ。」そんな話をしながら、遅い朝食を取り初めてから、僕は特に意識するとも無く綾香さんの顔を見ていた。空腹も癒され、少し自分の気持ちも落ち着いて来たのが分かった事で、僕は切り出した。

「唐突ですが・・・結婚して下さい。何だか順序が逆ですが、やはり確りとけじめを付けて置きたい。何れ告白しようと思って居たのですが、今日は良い時期だったかもしれない

。」綾佳さんは、うつむいていた顔を上げ

「私の唐突な行動が原因であれば、お詫びしなければなりません、でも嬉しいです。本当は、凄く怖かったんです。哲平さんに拒絶されてしまうのでは無いかと。靖恵ちゃんや梢さんの様に。」

「ああ、そうですか。そんな風に写っていましたか。確かに、ヤスベーも梢も異性としては魅力的な女性ですからね。そうですね、僕は彼女達を異性として見ていないかもしれませんね。自分でもその訳がよく分からないですが。それが縁(えにし)、赤い糸なんですかね。」

「素敵な表現ですね。私との縁は赤で、梢さんとは青、靖恵ちゃんとは・・・何色かしら

。何だか物理の法則見たいですね。」

「確かに、言い得て妙ですね。ヤスベーとはきっと反物質の関係かも、一緒に成ったら消滅してしまうとか。」

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