第3話 イーハトーブの風
結局、僕が義妹を迎えに行く事になり、研究室から休みを貰って出かける事になったのだが、連れて帰って来てもまだ住まいについてはハッキリしていなかった。取りあえず今のマンションにでも住まわせようかと思い、ヤスベーに相談して見ようと思っていたのだが、そんな時は運悪く、すれ違いの日々が続いてしまい先の事が何も見えない状態のまま出かける事に成ってしまった。教授からは空路を進められたが、妹の荷物などを考えるとそれなりの輸送手段が必要なのと、何となく時間稼ぎも有って、教授所有のベンツの四輪駆動車を借りた。いざ出かける時になって、ヤスベーから連絡が有った。引っ越し先の整備が出来たのと、途中で合流するとの内容でメールが入っていた。
「そうか、そう言えばこの車は追尾探知機能が付いていたっけ。」そんな独り言を言いながらユビキタス機能をオンにした。
『そう言えば妹にも暫く合っていなかったな。』昔の事を思い起こしながら半日程度車を走らせていると、ナビのディスプレーに合流地点を示す連絡が入って来た。それは高速道路の近くにあるヘリポートだった。
「教授が言っていた空路って言うのは、この事か!」
僕は,ヘリポートでヤスベーを拾ってから、義父の所へ向かった。
湖の畔のこじんまりした家は、周りに広い畑を持っていて、如何にも自給自足しています的な佇まいを見せていた。ヤスベーが家に入るや否や
「何で此処に常宮ショウの絵が有るんだ。」と驚きながら話した。
「ああ、それは妹の絵さ。」
「妹て、哲平の妹がトコミヤさんなのか。」
「うん、絵本作家だよ。」
梢は僕の後ろに隠れる様にして、部屋に現れたが、その時の二人の反応がまた奇妙でもあった。梢は、多少白人の血が混じっているらしく、長い炎髪と深い緑の瞳を持っている女性だった。幼い少女の頃からの赤毛は、今も変わらなく、夕日をバックにしたら炎の様に見えるだろうと何時も想像していた位に赤かった。
「すげー美人じゃないか。」
「哲平は、人前に出すのが惜しくてこんな田舎に隠してるんじゃ無いの。」
「僕は何も関わっていないよ。連れて来たのは両親だし。」
「で、トコミヤさんなのか本当に。」
「梢のペンネーム、梢をショウと読ませて、常宮ショウ」
「ほう、そうか。」
ヤスベーはまるで大好きなペットにでも出くわしたかの様に、側ににじり寄って来たが、
空かさず僕の後ろに隠れる妹に、体を躱されて面食らっていた。そんな出会いがあった後、白菜のスープとばっけ味噌が入ったおやきで昼食にした。梢の荷物の整理やら、畑の収穫やらで気づくと夕方近くになっていたので、皆で近くの湯治場へ向かった。そこは、義父のお気に入りらしく、板張りに茣蓙を敷いただけの、まるで掘っ立て小屋の様な施設は、温泉の熱で床が温かく、それなりの広さを備えていた。
「今晩は此処に泊まるから。」と義父の一言に、思わずヤスベーの顔を見たが
「なんか、キャンプみたい!」との言葉で僕の懸念は払しょくされていた。梢も、幾度か来ている様なのと、ヤスベーを除けば家族同士な事もあり問題無いようだった。一応屋根がある湯治用の温泉に、義父と入りながら、ヤスベーの事や自分の近況と義姉が切り盛りしている教会の事などを話していると、薄い板壁越しに、義母と梢とヤスベーの話声が聞こえていた。そんな声で、梢はヤスベーと何とか旨くやっていけそうかなと思いながら、山間の月を見ていた。夕食は、義母が大きな鍋に、畑で取れた野菜とサツマイモ、キノコを入れて芋煮鍋を作り、最後にうどんを入れて食べた。義母は、ヤスベーに
「こんな、山賊料理みたいな食事で御免ね。」と気を使っていたが、僕は内心(此奴ならダイジョブさ)と思いながら、
「日本酒ならあるが!」一升瓶をヤスベーの前におくと、満面の笑みを浮かべていた。
(此処なら、その変に転がしておいてもカゼは引かんだろう。)僕のそんな思い通り、ヤスベーが湯飲み茶わんで酒をぐびぐび飲んでいた。義父はそんなヤスベーの姿に驚きながらもチビリチビリと茶碗を傾けていたが、そんな中、義母が
「靖恵さんて、いいとこのお嬢様なのよね?」と聞いてきたので
「メイドや執事がいる資産家のご令嬢さ。ただ酒に関しては、ロシア人の母親の血を引いているらしいけど。」ぼくの説明に、義母も梢も納得していた。
翌日、梢の荷物を積み込み、湖から流れ下る渓流を見ながら帰路に就いた。
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