華麗なるロンド
増田朋美
華麗なるロンド
華麗なるロンド
寒い日だった。今日は冷たい雨が降って、秋というより冬と思われるような、そんな天気だった。全く最近は季節の移り変わりが激しいなあとい人もいる。それでは、おかしな気候が続いて、変な感染症が流行ったり、体調を崩す人がとても多いとテレビでは、盛んに報道していた。そんな天気が続いて、日本はどういうことになってしまうのだと、えらい人たちが、一生懸命唇をかんで、討論している。そういう世の中であっても、何か事件というものは登場してしまうのである。
「どうもすみません。お体がよくないのに、わざわざ練習につきあってくださいまして。」
と、浩二は、申し訳なさそうに水穂さんに言った。
「いいえ、音楽性もよく技術的にもよくできていると思いましたから、聞かせていただいて、すごくうれしいです。」
と、水穂さんはそういうと、又せき込んでしまうのであった。由紀子が、水穂さん、寒いでしょうと言って、その正座で座っている肩に、毛布を掛けてあげた。
「本当にありがとうございます。私の演奏、下手の横好きではありますけれども。」
と、ピアノの前に座っていた女性が、水穂さんに軽く頭を下げた。
「いいえ、そんなことありません。グリンカのロンドなんて、珍しい曲を選ばれるなと思いましたけど、良く弾けていて驚きました。ぜひ、コンクールでも、自信もってやってくださいね。」
と、水穂さんがまた言うと、女性は、はい、ありがとうございますと言った。
「ああよかった。先生が彼女の演奏を聞いてくれて、僕も指導者としてうれしかったですよ。彼女がいきなりコンクールに出たいと言いだした時には、僕も心配でたまりませんでした。彼女はとても緊張しやすい女性でしてね。本番、不安過ぎてビビってしまうのではないかと心配で、一度先生に聞いてもらった方が良いなと思いましてね。」
と、浩二は水穂さんに言った。
「そうなんですか。秋と言えば、コンクールの季節でもありますよね。今年は、変な感染症が流行っているようですから、むりをしないで参加してください。」
と、水穂さんはそういって、彼女を励ました。でも、彼女は、どこかで見たことのあるような顔だなあと、由紀子は思った。でも、どこで見たのかが、思い出せない。実際に会ったとかそういうわけではないけれど、どこかで見たような気がしてしまうのだ。
「あの、あなた、以前どこかでお会いしたような記憶があるんですが。」
と、由紀子は思わず言ってしまう。
「私は残念ながら、その時の記憶をはっきり覚えていないんですが、でも、どこかで見たことのあるような、、、。」
「ああ、まあそうでしょうね。私が、捕まった時、テレビでセンセーショナルに報道されましたものね。」
由紀子がそういうと、彼女はそういって、顔を前に垂らした。
「そうか。それであたし、覚えていたんですよ。確か、五年くらい前でしたかしら。あの時、私は、どうかしていたのかもしれません。でも確かに、あの事件は確かに私がしたことですから。もう、変えようがないことです。」
彼女がそういうと、浩二が、確かに確かにとため息をついた。
「あの事件って、、、。」
「ええ、逮捕された時は、雨宮英子でしたが、今は夫もいなくなってしまいましたので、旧姓の小宮山英子に戻っています。そのほうが、しっかり来ると思ったので。」
と、彼女、つまり小宮山英子さんは、申し訳なさそうに言った。
「あの時は、斎藤先生たちに、本当にはめられたと思ってしまいました。それで、斎藤と口論して、思わず斎藤を突き飛ばしてしまったんです。打ち所が悪かったと警察の方は言っていましたが、たったそれだけで、斎藤は逝ってしまうなんて、人間って簡単に逝ってしまうんだと、私は思いました。警察の方も、弁護士の先生も、本当に私の刑が軽くなるように、いろんなことを教えてくれましたけど、結局、執行猶予もつかないで、刑務所に三年入りました。」
「ああ、そうなんですか。前科があっても、立派に更生してるんだったら、まだ、幸せになる権利があります。その道具として、ピアノがあったとしてもいいですよね。」
と、水穂さんが言うと、
「ええ、もう名前も、逮捕されたときの雨宮英子から、旧姓の小宮山英子に戻りましたし。旧姓で名乗っていれば、ばれることも少ないでしょうから、もう一度、ピアノをやり直してみようと思っています。」
と、小宮山は、静かに頷いた。
「よかったよかった。それでは、緊張しすぎないで、本番出てくださいね。緊張しすぎて、テンポが速くなりすぎたりとかしないように。」
「本番はいつなんですか?」
浩二の話に水穂さんが聞いた。
「ええ、四日後なんです。本当はもっと早く先生のところにお見せしたかったんですけど、僕の方がなかなか都合が合わなくて、それで、今日になってしまいました。本当にすみません。」
浩二がそう答えると、
「そうですか。大丈夫だと思います。順位に入るかは、うんと言うものもありますので、何とも言えませんが、少なくとも平常通りに弾くことができるのなら、難なく本番はこなせるでしょう。」
水穂さんは、そういって三度せき込んだ。由紀子はその背中をさすってやりながら、水穂さんのために、もう帰ってもらえないかと思ってしまうのであった。
「じゃあ、先生、又結果報告に来ますから、その時はよろしくお願いします。」
と、浩二がやっとそういうことを言ってくれたので、由紀子はようやくほっとする。浩二と小宮山は、ありがとうございましたと言って、帰っていくのであるが、由紀子はせき込んでいる水穂さんのほうが心配で、浩二たちを見送る気にはならなかった。
その数日後。富士市の文化センターで、コンクールが開催された。去年の開催に比べたら、観客の数も少ないし、審査員たちの名まえも変わってしまっていたりしたけれど、無事にピアノのコンクールは開催されたのである。その参加者の中には、小宮山英子もいて、予定通り、グリンカのロンドを演奏した。
ところが。ある日、由紀子が、製鉄所で、せきこんでいる水穂さんの背中をさすったりたたいたりしているときの事である。
「こんにちは。」
という声が、玄関先でした。誰の声かと思ったら、
「多分、浩二さんでしょう。由紀子さん、一寸行ってやって、出迎えてやってください。」
と水穂さんが言うので、由紀子は、
「何を言っているんですか、目を離しているうちに、吐瀉物が詰まって窒息でもしたらどうするの。私は、ここにいるわよ。」
と思わず強気で言ってしまう。
「磯野先生、入りますよ。多分、具合がお悪いことは、ちゃんとわかりますから。先生、よろしいですか。」
という声がして、浩二が廊下を歩いている音がする。と同時に、由紀子が水穂さんの口に当てていたタオルが真っ赤に染まったので、由紀子は少し安心した。急いで薬を飲ませると同時に、
「先生。だんだん寒くなってきましたね。いやいや、もう冬が近づいてきました。ほんと、今日は寒いですから。」
と、言いながら浩二が四畳半に入ってくる。
「浩二さんどうしたんですか。用があるなら、手短にお願いしますね。水穂さん、体が思わしくないところですから。」
と、由紀子が言うと、
「ああ、わかってますよ。すぐ報告して帰ります。あの、彼女、小宮山英子さんですがね、コンクールで、第三位に入賞したんですが、すぐにそれを返納すると言いましてね。結局、順位に入らないまま終わってしまいました。先生が、あんなに一生懸命教えてくれたのに、申し訳ありません。」
と、浩二は、水穂さんに向かって頭を下げた。
「そうですか。何か順位を返納する必要があったのでしょうか。」
水穂さんが聞くと、
「いやあ、それが満足のいく演奏ではなかったので、もう順位を返納すると言ったんです。僕は、とても上手に演奏されていたと思うんですが。うーん、なんでかなア。」
と、浩二は、頭を傾げた。
「きっと、その人は、前科者の癖に順位に入ったということは、やってはいけないと思ったんじゃないのでしょうか。それで、自分の名は知られてしまうのを恐れて順位を返納したんですよ。そのほうがいいって思ったんじゃないでしょうか。」
そういう浩二に、由紀子は当たり前のような口調で言った。
「まあ、そうなんですけどね。其れは僕も、彼女がコンクールに出ると言いだした時、注意しました。其れでも彼女が、出たいというもんですから、それで出させました。コンクールでの演奏は見事なものでしたよ。僕はちゃんと、録音したデータを受け取りましたから。ほら、聞いてみますか。」
そういって浩二は、スマートフォンの音楽アプリを出した。そして、グリンカのロンドを流すと、確かに、音色もしっかりしているし、強弱もちゃんとついているしっかりした演奏である。
「はあ、なかなか上手ですねえ。これでは三位に入っても、おかしくないですねえ。」
と、水穂さんはそういうことを言うのであるが、いきなり演奏が止まった。あれ、何だろうと浩二が、スマートフォンをとると、地元のニュースアプリが、立ち上がっていた。
「富士市、石坂のマンションで、女性の遺体が発見されました。女性は、音楽出版社雨宮出版の社長、である、雨宮諏訪子さんとみられ、首をしめられたための窒息死とみられます。」
いきなり、ニュースアプリが、そのようなことを読み上げたので、全員びっくりしてしまった。水穂さん何か、再びせき込んでしまったくらいだ。ニュースアプリは再び続ける。
「死亡推定時刻は、警察への取材によりますと、10月12日、午後一時とみられます。部屋には荒らされた痕があり、警察は、諏訪子さんが殺害された部屋にあった毛髪などから、雨宮諏訪子さんの義理の妹である女性が、事情を知っているとみられ、原因を調べています。」
浩二ははじめ、強盗が入ってきて、その付属の殺人だったのではないかと思ったが、しかし、
「なんで、諏訪子さんの義理の妹が、捕まらなければならなかったんだろうか。義理の妹と言えば小宮山英子だったはず。」
と、思い直した。
「いや、しかしですよ。12日は、ちょうどコンクールが行われていた日だ。その日の午後一時となれば、小宮山英子さんはまさしく、コンクールで舞台に立っていた。」
其れも又事実であると浩二は思い出した。
「もしかして、コンクールに出るというのは、アリバイつくりだったのかもしれませんよ。そういう決定的な証拠を残したくて、それでコンクールに出たのかも。」
と、水穂さんが浩二に言う。
「ちょっと待ってください。其れじゃあ、僕たちは彼女に、、、。」
「ええ、利用されたということになりますね。」
浩二と、水穂さんは顔を見合わせた。
「一寸待って。僕たちはそういうことになってしまうんですか。それでは、コンクールのために指導してきたことがみんな無駄になってしまうんでしょうか。それではいけない。彼女が、いま、警察署にいるんだったら、僕、ちょっと彼女に話を聞いてみます。」
浩二は、水穂さんの、ちょっと待ってという言葉も聞かないで、急いで立ち上がり、製鉄所を出ていった。浩二には、車があったからよかった。ほんの数分で、車を運転し、富士警察署についてしまった。
「あの、すみません。こちらに、小宮山英子という女性が、逮捕されておりませんでしょうか。彼女とどうしても会って話がしたいんです。」
と、浩二が受付にいうと、
「はあ、小宮山英子の身内か何かでしょうか?」
と、受付はボケっとしてそういうことを言う。
「そうじゃなくて、僕は小宮山にピアノを教えていた、桂浩二です。」
と、浩二がそういうと、ちょうどそこへ華岡がやってきて、彼を通してやれと言った。
「ぜひ、通してやってくれ。彼女は、いくら取り調べをしても、うんともすんとも言わないので、別のひとにやってもらった方が良いかもしれないと思っていた。」
華岡がそういうのであれば、小宮山英子は、黙秘をしているんだろう。それでは、浩二は余計に英子が憎らしくなった。華岡のあとをついて、取調室へ向かう間、浩二は彼女に何を話そうか、考えるのも忘れていた。二人は、第一取調室と書かれている部屋に入る。
「小宮山さん。あなたにとって、大事な人と思われる人を連れてきました。あなたにピアノを教えていた、桂浩二さんです。あなた、出所後、ピアノを習っていたんですね。そんなこと、私はちっとも知りませんでした。」
華岡は、机の前に座っている小宮山英子に、浩二を紹介した。
「それではどんなトリックで、雨宮諏訪子を殺害したのか話してもらいたいな。ピアノのコンクールに出るという、完璧なアリバイがあると主張してもね、諏訪子さんの部屋から、あなたの毛髪があったことは、はっきりしているんですよ。」
と、華岡は、急いで椅子に座りながらそういうことを言った。
「いくら、その日、コンクールの会場にいたといっても、こっちでは捜査ができているんだ。其れよりも、どういうトリックで、雨宮諏訪子さんを殺害したのか、話してもらいたい。」
「そうですよ。だって、コンクールに出ると言って、一生懸命練習していたじゃないですか。あれはすべて、演技だったというんですかね。それでは、僕が一生懸命教えたこともまた無駄になってしまったのでしょうか。また、僕の大事な師匠である、磯野水穂先生に聞かせてくれたあの演奏も、無駄になってしまったということでしょうか?」
浩二は、一寸彼女に強い口調で言った。
「でも、ですよ。あなたは更生したいと僕に話していましたよね。あなた、斎藤先生を殺害したことは確かにそうしてしまったけど、ちゃんとピアノを習って、やり直したいって言ってたじゃないですか。それなのになんで、雨宮諏訪子さんを殺害したに至ったんですか?だって、一度、殺人を犯して、罪を持つことが何より不幸であると、知っているあなたがなんで、また同じことをしたんですか?」
「斎藤先生の時とはわけが違います。」
と、小宮山英子は小さい声で言った。
「わけが違う?じゃあ、斎藤和代を殺した時の事を話してみてくれ。」
と華岡が言うと、彼女は、小さな声でこう語り始めた。
「斎藤先生は、高名なピアニストとして有名でしたけど、生徒一人ひとりを大切にしないところがありました。私の夫は、彼女に師事していましたが、彼女が夫のことを虫けらのように扱うものですから、夫は、鬱になってしまったんです。」
「それであなたは、その腹いせに斎藤和代を殺害したわけだ。その時は、ちゃんと自分がやりましたと言いましたそうですね。そんなあなたがなんで罪を重ねるようなことをしてしまったんですか?」
「でも私は、完璧なアリバイがあるんです!ちゃんとコンクールに出て、演奏をしました。そこにいる桂浩二さんが、一番わかってくれているじゃありませんか!私が演奏している間、浩二さんは、終わりまで聞いていてくれたんですよ!」
「そうだけど!」
と、浩二は、激していった。
「音楽は、犯罪のために利用されるものではありません!音楽のコンクールに出たことを、事件のアリバイとして使って、それがあるから大丈夫だと、あなたは思っているんでしょうけど、利用された僕の立場も考えてくださいよ!そんなことに利用されて、何も思わないと言ったら大間違いですよ!僕は、そんなことに利用されたなんて、本当に悲しくて、しょうがないんですよ!お願いです。本当のことをしゃべってください。なんで、僕を利用して、犯罪をもくろんだりしたのか。其れをちゃんと反省して、前回みたいに更生すると誓って下さいよ!」
「そうですよ。話してください。其れとも、話してしまったら何か不利なことでもあるんですか?」
と、華岡が小宮山英子に言った。
「だって、夫はどうしたらいいんですか。私がいなかったら、どうにもならなくなりますも。夫には私しかいない。だから、私がそうするしかなかったんです。」
小宮山英子は、悔しそうに言った。
「私がそうするしかない?だって、雨宮から、小宮山に戻っているでしょう。それにご主人はもういないって、」
と浩二が言うと、英子はこれ以上何も言わなかった。小宮山さん、小宮山さんと華岡や、浩二が声をかけても知らんぷりを続けるだけだ。事件の真相が明らかにならないと、警察として、何も出来なかったことになってしまう。
「英子さん、僕だけではありません。磯野先生だって、今頃悲しい思いをしているんじゃありませんか。どうか、本当のことを話してくださいよ。」
何度言っても、英子はろう人形のように表情は動かなかった。彼女はずっと黙ったまま、なにも反応しなかったのだ。
一方そのころ。
「水穂さん大丈夫ですか。しっかりして。しっかり。」
と、由紀子がせき込んでいる水穂さんの背中をたたいたりさすったりしている。帝大さんこと沖田眞穂先生が、鞄の中から薬の入った瓶を取り出しながらそれを見ていた。
「こちらの薬が効いてくれればいいのですが。」
と、帝大さんは、水穂さんの口元に、吸い飲みを持っていく。ほら、飲んでと由紀子に促されて、水穂さんは、何とか中身を飲み干した。それには眠気をもたらす成分があるのか、水穂さんは、静かに眠り始めてしまった。
「よかった。咳が止まってくれて助かりました。」
と、由紀子は水穂さんを布団に寝かせてやり、かけ布団をかけてやりながら、帝大さんに礼を言った。
「ありがとうございます。おかげさまで、水穂さんも楽になってくれたと思います。すみません。わざわざ呼び出してしまって。」
由紀子が丁重に礼を言うと、帝大さんはいいえと言って、軽く首を振った。
「いえいえ、患者さんの事ですから、気にしないでください。其れよりも、小さな変化でも逃さないでくれる介助者がいるってことは素晴らしいことです。それを忘れないでください。」
帝大さんの言っていることは、なんだか意味が深そうな口調であったため、由紀子は何かあったんですか、と聞いてみた。
「ええ、実はですね、昨日うちの病院に一人の患者さんが見えましてね。もうかなり進んでいる血液の病気でしたが、発見が遅すぎたんでしょうね、もう手の施しようがありませんでした。なんでも、心を病んでしまってから、ずっと奥さんが一人で看病してきたそうです。それで、ほかのご家族から見捨てられても、奥さんは、ずっと付き添っていたそうで。なんでも、ほかのご家族は、彼のことを厄介者扱いしていたそうですからな。」
そう答える帝大さんに、由紀子は、先ほどの事件のことを思い出してこう聞いてみた。
「あの、その患者さんと言いますのは、、、。」
「ええ、雨宮龍一さんです。」
と、帝大さんは答える。
一方、警察署では、相変わらずだんまり比べが行われていた。どうしても彼女は事件を起こした理由を話さない。
「警視、聞き込みが終わりました。」
と、一人の刑事が、取調室のドアを開けた。
「あの、雨宮龍一は、心を病んでから、家族の誰にも相手にされなかったようですね。それで、妻の雨宮英子、今は小宮山英子だけがずっと付き添っていたそうです。姉の雨宮諏訪子により、強制的に離婚させられても、英子は、雨宮龍一の病院をたびたび訪れていたそうですね。」
「おうそうか。で、事件の当日、何かわかったことはあったか。」
と、華岡が聞くと、
「はい。小宮山英子が、雨宮諏訪子に脅迫するような電話をかけていたことを、コンクールのスタッフが目撃していました。」
と、部下の刑事は事件を扱うのには慣れてしまった声色で、そう答えた。
その話を聞きながら、それでは何のためにあの演奏があったのだろうと、浩二は思った。グリンカの華麗なるロンドは、まさしく、彼女、小宮山英子の演奏だったのに。それでは、ピアノがあったことに何も意味がなかったことになる。
雨がザーッと降ってきたことに浩二は気が付かなかった。
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