第62話 それは前進だから



 コトコが辞表を出したのは、それからひと月後であった。




 直接の上司も、お局様達も、部署の違う同僚も——みな一様に驚いていた。その驚く顔に溜飲を下げると、コトコはわざとらしいほどニッコリと笑う。


 形式的になのか、本当に人手不足なのか、上司はコトコを引き留めたが、コトコは笑顔のまま、


「やりたい事があるんです」


 と告げた。


 やりたい事があるとコトコが言えば、お局様達は、


「それは儲かるのか?」

「それは有名企業なのか?」

「それは給料が良いのか?」

「それはラクな仕事なのか?」


 と聞いてきた。


 コトコはそんなことばかり知りたいのかとうんざりする。誰もコトコが『やってみたい』仕事を選んだ理由は聞かない。


 ——やっぱり、ここを辞める事にして良かった。





 つづく

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