第8話
どのくらいの間、僕は立ちつくしていたのでしょうか。ハッと気がつくと、彼女はけげんそうな顔をして、僕をみていました。
「あの、何か御用でしょうか。」
僕は、急に現実にひきもどされました。そうです、あれはやっぱりただの夢だったのです。だから、彼女が僕のことを知っているはずがありません。僕はとっさに、
「あ、すみません。ちょっとお伺いしますが、この辺に山田さんというお宅はありませんか。」
彼女は、ちょっと小首をかしげて、
「まだ引っ越してきたばかりなので、ちょっとわからないんですけど、おとなりで聞いてみていただけますか。」
そう言うと、ひきかえそうとしました。僕は、何とかもう少し話をしていたい一心で、言いました。
「あの、失礼ついでにもう一つ、今弾いてらしたピアノの曲名を教えていただけませんか。前に聞いたことがあって、とても気に入っているんです。」
彼女はふしぎそうな顔をしました。
「あの曲は誰も聞いたことがないはずよ。だって、ずっと前に私が夢の中で・・・」
彼女は目を大きくみひらいて、僕をみつめました。そして、白いほほにほのかに赤味がさしてきたかと思うと、急にうつむいてしまいました。
やっぱりただの夢じゃなかったんだ。そう思うと、胸がどうしようもないほどドキドキしてきました。僕はやっとのことで言いました。
「あのガチョウさんは元気ですか。」
あのひとは僕の目をみつめながら、小さく、でも、とてもしっかりとうなずきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます