第6話

 彼女は僕にほほえみかけると、またピアノにむかいました。今度は違う曲です。やはり、なんともいえない美しい曲でしたが、うっとりして聞いているうちに、なにかふしぎな気持ちになってきました。心を暖かく包んでくれた、甘くやさしいその調べが、なんともいいようのないせつなさやさびしさを、僕の胸に呼びおこしたのです。

 ずっと、その暖かさにせつなさやさびしさのいりまじった、ふしぎな気持ちに耐えているうちに、僕はハッと気がつきました。たぶん、いや、きっと、これが愛というものなんだろうと。

 そして僕は、今まで自分がどんなに孤独だったかということを、今までの生活が、楽しかったかもしれないけれども決して幸福ではなかったのだということを、思い知らされたのです。

 ピアノの音色は高く低く連なり、ますます深く響き、さえわたっていきます。その音色は僕の心をどんどんしめつけて、苦しくてもうこれ以上は耐えられないというところまできてしまいました。

 気がつくと、いつのまにかピアノの音はやんでいました。そして、僕はテーブルに顔をうずめて泣いていました。こらえようととして歯をくいしばっても、涙はあとからあとから、あふれてきます。

 そのとき、誰かがやさしく僕の肩に手をふれました。顔をあげると、あのひとがいました。

「かわいそうに。」

 そう言うと、あのひとは僕の頭を抱いてくれました。何か暖かいものが、ほほに落ちてきます。それが涙だとわかった時、僕は夢中で彼女を抱きしめていました。彼女のくちびるにふれた時、僕の心はもうそれ以上の痛みに耐えきれなくなって、まっ白になってしまいました。

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