第5話

 ピアノの音色にひきよせられるように、僕は庭に入っていきました。床から天

井まである、大きなフランス窓のむこうに、ピアノをひいている女性(ひと)がいました。窓に向かったピアノのむこうで、白いさっぱりとしたドレスを着て、うつむきかげんに、一心にピアノをひいています。気がつくと、さっきのガチョウがそのあしもとにいました。

 僕はしばらくそこに立ちつくしたまま、うっとりと聞いていました。どれくらいたったでしょうか。ふと彼女が目を上げました。そして僕に気づいてしまったのです。僕は急に、真夜中に見知らぬ家の庭に入りこんでいたことに気がついて、青くなりました。僕はしどろもどろになって、あわてて弁解をはじめました。

「す、すみません。別にあやしいものじゃないんです。あんまり美しい曲だったんで、つい、その、あの、そのガチョウに案内されたもので・・・。」

冷汗をかきながらしゃべっている僕をみつめて、彼女はニコッとほほえみました。「わかったわ。そんなところに立っていないで、こちらへお入りなさい。このこがつれてきたのなら、あなたは悪い人じゃないもの。」

 そう言うと、彼女はピアノのそばを指さしました。そこには白いテーブルといすが二脚ありました。僕はほっとしながら、彼女におじぎをして中に入りました。 そのときふいに気づいたのです。

 彼女がどんなにすてきかということに。

 とりたてて、輝くばかりに美しいというわけではないのですが。そう、なんといったらいいか、日だまりに咲く小さな花のような、長い間心の奥にしまってあったポートレートが急に生命をとりもどして歩き出したような、そして、僕と同じ世界に住んでいるとひとめでわかるような、そんなふうにみえたのです。僕はなんとなくドキドキしながら、いすに腰かけました。

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