ツユソラ
「ご指名ありがとうございます。ツユソラ@RainyJUNEです」
彼女はシノの前に立ち、くるりと一回転した。それはおそらく客に品定めをさせるための決まり事なのだろうが、彼女がやると、みずからのうつくしさを楽しむあまりについ出てしまった身振りのように見えた。
「『シノ』って呼んでいい?」
彼女に訊かれてシノはうなずいた。こちらのスフィアタグとコースの内容は受付から通知済みなのだ。
「ボクも『ツユソラ』って呼んでいい?」
「いいよ」
彼女の瞳は灰色がかったブルーだった︒その飾らない笑顔はショートカットの金髪とあいまって少年のようだ。出るとこ出てるボディとのギャップにやられる。キャミソールを頑丈にしたような下着を着ているが、これは何ていうんだろう。視界で画像検索する。
ビスチェ(仏:bustier)は女性用下着の一種で、ブラジャーとウエストを補正す
るウエストニッパーがひとつになったもの。
そのビスチェに押しこまれたおっぱいは上からこぼれ出そうで、お尻もパンツに収まりきらずに丸く張りつめる。ピンヒールを履いていても背は低い。だが顔が小さいせいか、バランスの取れたスタイルだ。
「上行こっか」
ツユソラに手を取られる。ハプティックグローブは、現代の技術では女の子の手の柔らかさや肌の滑らかさを表現できず、粗雑な感触を俺の手に伝えてくるが、彼女の手の小ささだけははっきりとわかった。
壁と手すりの間の狭い通路をツユソラに手を引かれ歩いた。大きなお尻が左右に振られるが、手すりの支柱には触れない。シノも同様にバランスを取って進む。まるでふたりきりの秘密の遊びをしているようだと思った。
彼女のプレイルームは待合室と同様に薄暗かった。大きなベッドにはベルベットのような光沢のある赤いカバーがかかっていた。その他には二人掛けのソファがあって、小さな鏡台があって、花瓶に白い花が飾られていて、虚構だとはわかっていても彼女の生活が匂ってくる。
「シノは受け攻めどっち?」
ソファに腰かけたツユソラが言う。
俺は壁際から椅子をひっぱってきて腰をおろした。シノがツユソラのとなりに座る。
「ボクは攻めオンリー」
「わたしも」
「受付では受けもいけるって」
「そう書いた方がお客さんつきやすいってマネージャーが言うから」
彼女がシノの肩に手を置いた。「でもあなたみたいな自称攻めの子、わたしとやったらみんな受けになっちゃったよ」
「ホントに?」
「試してみる?」
彼女が耳元で
「いいよ、試してみても」
シノは彼女の頰に軽く口づけた。
彼女は立ちあがり、シノに背中を向けた。「脱がせて」
「どうやるの? ビスチェってはじめて」
「背中のホックを上から下までなぞって。あとはトリガーで」
「トリガー」は中の人がある特定の行動を取ると自動的に別の行動となって表れるというアバターの機能だ。たとえば服を脱ぐ動作は、実際に服に触れられないので細かい指の動きなどを再現できない。そのためトリガーとなる身振りをあらかじめ記憶させておき、それに応じてアバターが自動的にそれらしく服を脱ぐよう設定する。便利な機能だが、たくさん走らせると動作が重くなる。
シノはツユソラの背中を指でなぞった。すると俺の手を離れて、シノがビスチェのホックを器用にはずしていく。ビスチェを脱がすトリガーはツユソラ側が設定したものだ。トリガーは本人だけでなく、それに触れた者の動きもコントロールできる。
ホックをすべてはずすと、ビスチェが左右に分かれて白い背中があらわになった。ツユソラがこちらを向き、ブラの部分を押さえていた手を離した。紫の布が床に落ちる。ずっと隠れていた乳房がそれまでの慎みを忘れてすべてをシノの目にさらした。その白さ、丸さは、汚され、歪められることに対してあまりに無防備と映った。そこに至るまでとちがう曲線で膨らみ尖る先端はピンクに染まり、羞恥の色を思わせた。
「きれい」
「ありがと」
ツユソラは歯をわずかにのぞかせて笑った。「シノのも見せて」
「いいよ」
「脱がしてあげよっか?」
「ううん、自分でやる」
俺は手をクロスさせて両肩を撫でおろした。トリガーが発動し、シノがサロペットスカートの肩ストラップをはずす。身をくねらせると、スカートは床に落ちた。次に鎖骨の間に指で小さく円を描く。ブラウスを脱ぐトリガーが発動する。ボタンをひとつひとつはずし、背中を滑らせるようにして脱ぎ去る。
「シャツの挙動ヤッバ」
床にひろがる白いブラウスを見てツユソラが目を丸くする。「モデラー誰?」
「ぱおぱおさんって人」
「あー、知ってる。有名な人だよね」
トリガーでブラジャーもはずす。おっぱいを出した者同士、妙な連帯感が生まれて、ふたり目を見交わし笑う。
シノのおっぱいは細い体に似つかわしくないほど大きく、それが俺の単純すぎる欲望を具現化したようで恥ずかしい。本当は、モデリングについてこちらから一切注文をつけていないので、全部ぱおぱお氏の趣味だ。もしかしたらぱおぱお氏が俺の欲望を見透かしたのかもしれない。だがそもそも俺の欲望は「でかい=正義」みたいな単純なものなのだろうか。
「触ってもいい?」
ツユソラに訊かれて、シノはそうした内側のもやもやをすべて引き受けるのだというようにうなずいた。
「マジおっきいね」
ツユソラは捧げ持つような手つきでシノの乳房に触れた。「
品定めするようにふわふわと持ちあげたあとで、手首を返し、人差し指を肌に当てる。そのまま乳房に円を描いていく。その行き着く先が予感され、シノは背筋を震わせた。
「すっごい乳首立ってる。感じやすいんだ」
乳首をきつくつまみながらツユソラが顔をのぞきこんでくる。シノは手で口元を覆った。
俺は三人称視点にスイッチした。一人称視点は小窓にして視界の端に置く。
ふたりの姿を横から見ることになった。大きな女が小さな子にいたずらされているような絵だ。
ツユソラが腰を屈かがめてシノの乳首を口に含んだ。舌の先で乳首を転がし、唇をすぼめて吸いつく。肌を這う彼女の舌を確かに感じる。
シノは手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。ハプティックグローブでは感知できないほど細い髪が指の間をすり抜けていく。
「ねえ――」
ツユソラが背伸びして顔を近づけてきた。「パンツ脱いで」
「うん」
シノは彼女に口づけ、舌を絡ませた。混じりあった唾液が糸を引き、床に落ちる。
トリガーを発動させると、シノは脚をくねらせてパンツをおろした。
ツユソラが抱きついてきた。体全体を指で愛撫する。シノは吐息を漏らした。
俺はメニューを開き、右手のトラッカーを無効にした。シノから自由になった手ですばやく電動オナホを仕込む。紙おむつの中で、あらかじめ充塡されたローションがかきまぜられてぐちゃぐちゃ鳴る。
ベッドの上に押し倒され、仰向けに寝かされる。俺は背中のハイドレーションバッグを放り出し、床の上に寝転がる。
シノがツユソラに脚を押しひろげられる。俺は脚をひろげる。足首のトラッカーのおかげで。横になった状態でもこちらの体勢を正確に再現できる。
俺はこんなシノを見るのははじめてだった。これまでシノはその美貌と体格で相手の女の子を圧倒してきた。だがいま彼女はツユソラに攻めたてられ、だらしなく体を開いている。それは俺であり、俺でない。俺はオナホにチンコを突っこみ、ディルドやピンクローターなどを肛門にぶちこむのは以前ちょっとだけ検討してみたが怖いのでナシにして、シノとはちがった快楽を感じながら、その快楽でシノとつながっている。俺はシノの声で
その瞬間、俺はどこにもおらず、また
刺激が積み重なってトリガーが発動した。シノが体をのけぞらせる。脚がぴんと伸び、指が丸まる。歯を食い縛る。目に涙が浮かぶ。俺はオナホの中に思いきり射精していた。
「あ……」
シノが声を漏らす。
「イッちゃったね」
ツユソラがシノに添い寝する。シノは涙を拭い、うなずいた。
「シノ、最初は攻めだって言ってたけど、受けじゃん」
「ボク、ホントにちがうから……」
「認めちゃいなよ」
「でも……」
ツユソラが体を起こし、シノの腹の上に馬乗りになった。身を屈め、シノの目をのぞきこむ。おっぱいが垂れてシノのそれと乳首で触れる。
「『わたしは受けです』って言って」
「う、受けです、ボク……」
「『攻めだって言ってたのにイカされちゃってごめんなさい』って」
「ごめんなさい。イカされちゃってごめんなさい」
「かわいい」
ツユソラがシノの頰にキスをする。「その顔、他の人に見せちゃ駄目だよ。受けのシノはわたしだけのもの。いい?」
「うん」
シノがうなずくと、ツユソラは体を離し、パンツに手をかけた。シノの腹の上に座ったまま、一瞬腰を浮かせて抜き取る。いいモーションだ。彼女はガーターベルトとストッキングだけになった。
「時間あるから、もう1回イケるよね?」
彼女がシノの片脚を持ちあげ、もう一方の脚にまたがる。
「でもさっきイッたばっかりだから……」
「何回だってイケばいいじゃん。イクの1回だけって誰が決めた?」
彼女は持ちあげたシノの脚を胸に抱え、いわゆる貝合わせの体勢になった。抱えたシノの脚に舌を這わせる。シノはうつろな目で天井を見あげ、荒い息をついている。俺は床に転がり、右手で股間を押さえる。ローションと精液がオナホからあふれ、紙おむつの中はドロドロだ。
「あっ、イク、イク! またイッちゃう!」
「イッちゃえイッちゃえ」
シノの体が跳ねる。俺はもうぐちゃぐちゃになってよくわからない中に二度目の射精をした。
ツユソラが抱きついてくる。
「もう1回できる?」
「さすがにもう無理」
シノは彼女の額にキスをした。彼女の背中に汗がにじんでいる。ランプの光にぼんやり光って、ラメを散らしたようだ。シノも額に汗を浮かべている。それは玉となって肌の上でかすかに震える。
彼女たちのモデリングはそれぞれ別の人間の手によるもので、その表現にはちがいがある。もしかしたら第三者の視点ではそこに優劣があると見えるかもしれない。でもいまは第三者も視点も優劣という考えさえもこの場所から締め出したいと思い俺は、その胸にツユソラをきつく抱き締めた。
VRのセックスに余韻もクソもあったもんじゃない。愉悦に
ツユソラが待合室まで手をつないで送ってくれた。
「また来てね」
別れ際に背伸びしてキスしてきた。
「絶対来る。約束」
シノは彼女にハグをした。
「アーケード」を出ると、夕焼け空だった。どこへ帰るのか、鳥の群れがみごとなグラデーションの雲を横切っていく。
それを見あげながら、俺はおむつの中に放尿した。結局あのあともう1回イカされたので、1時間で3回発射したことになる。おかげでチンコがめちゃめちゃ敏感になっている。
建物の前にあるセーブポストでログアウトする。
sublime sphere®
ログアウトしています・・・
HMDをはずすと、目のまわりが汗でぬるぬるになっていた。おむつの中はたぶんもっとやばいことになっている。それについては考えたくない。
がらんとした部屋の真ん中にひとり、俺は立っている。ツユソラはいない。手に残る感触、そのぬくもり、匂いさえ感じられると思ったことも露と消えてしまった。
ツユソラに抱かれて、シノは俺でさえ知らない顔を見せた。俺はシノのことを世界一の美少女で完全無欠の存在だと思っていたが、そこにはまだ足りないものがあった。それがツユソラだ。彼女と出会うまで「足りない」という事実にも思い至らなかった。その「不足」に気づくと、自分の体が頼りなくて、心ががらんとして、耐えられなくなる。
彼女はHMDが映し出す幻影の中にだけいて、本当には触れられなくて、心の中には決して踏みこめなくて、だがはっきりと存在してる。彼女が俺にもたらした変化、それこそが証拠だ。波立つ水面や舞いあがる砂埃やなびく稲穂が目に見えぬ風の存在を示しているように。
VRの恋はHMDをはずしたあとにはじまる――そんなことを思いながら俺はシリコンチューブを手に取り、ハイドレーションのゴム臭いクソマズ水を飲んだ。
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