アーケード

 アカシ・ストリートを北上していくと、殺風景なビルの間に、日本の景色の悪いところを全部集めたようなギラついた建物が見えてきた。


「アーケード」はその名のとおり元々は屋根のかかった風俗街だったのが、いつの間にか2階3階とドカドカ積みあげられていって、いまでは地上30階建ての巨大風俗タワーと化していた。


 シノは「アーケード」の前でスクーターを停めた。メニューを開き、「返却」を選択すると、スクーターが消滅する。


 遠くから見るとギラギラ光っているだけだったタワーが、ファサードを見あげる位置まで来ると、膨大な文字情報に覆われる。




   Welcome To ARCADE


   建物内では撮影・録画・録音アプリの使用を禁止させて頂いております。

   御了承ください。




 こちらの視界に情報を直接投影してくるAR型の掲示だ。「アーケード」の管理組合が出す注意書きが宙に浮き、そのまわりに各店舗の看板が群がっている。まるでジンベエザメについてまわる小魚のようだ。


 男女のアバターたちが次々と入口に吸いこまれていく。その流れに乗ってシノも歩きだした。メッセージがひっきりなしに来る。男性アバターからのものは問答無用でブロックする。


 シノのお目当ては6階と7階。女の子同士専門フロアだ。


 エスカレーターを降りると、店の看板とそこに所属する嬢のホログラムが天井までを埋め尽くしていて、目がくらんだ。何度来てもこの情報量には圧倒されてしまう。


 宇都宮うつのみやのオリオン通りより高い天井とそのすぐ下で踊るホログラム美女たちを見あげながら歩いていると、世界が揺れた。正面から来た人とぶつかってしまったのだ。胴体にハプティックデバイスがないので感覚がなく、視界だけに変化があったのでうろたえてしまった。


「ごめんなさい」


 ぶつかってしまった相手がほほえむ。すてきな女の子だ。


「こちらこそ」


 シノは笑顔を返し、また歩きだした。


 むかしのオンラインゲームなんかとちがい、アバターの笑顔は単なるエモートではない。中の人はリアルで本当に笑っている。「アーケード」を行く者は皆、「今夜はいけるかな」という期待とわずかな不安に胸を高鳴らせている。目をくまばゆい広告に体が熱くなる。


 いつもなら馴染なじみの店に直行するのだが、今日は「ミラージュ」のルリアちゃんも「コスっ俱楽部くらぶアミューズ」のミュウミュウちゃんもお休みだ。なので新しい店に飛びこみで行ってみることにした。


 AR広告をブロックするアプリを起動し、視界をすっきりさせる。そのうえで、風俗情報アプリを起動、客のレビューを景色に重ねた。




マーキュリー[アーケード6F] ★3.8


内装○嬢は△ ★★★☆☆

待合室とプレイルームの内装は清潔感あっていいと思いました。私の指名した

ゆめさんはいい子でしたが、アバターのクオリティが低くて萎[もっと読む]


リピーターです ★★★★★

今日もいつものリリカちゃま。あいかわらず脱ぎモーションがたまりませんな

~。ブラがはずれる瞬間の揺れは必見ですゾ。プレイ内容の方[もっと読む]

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美少女専科アマリリス[アーケード6F] ★3.2


地雷 ★☆☆☆☆

個性派が揃う店という評判を聞きつけ初訪問。メンヘラキャラだというアミを

指名。結論から言うとメンヘラではなく単に糞みたいな性格の[もっと読む]


意外と癖になる ★★★★☆

中の人(♂)がボイチェンを使わないことで話題のマコマコ嬢。怖いもの見た

さで指名してみましたが意外とイケる!プレイが進むと喘ぎ声[もっと読む]

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ギャルリー・ヴィヴィエンヌ[アーケード7F] ★4.4


期待の新店舗 ★★★★★

リリアン女学館の跡地にできた新店舗に早速入ってみました。指名したのは金

髪のツユソラちゃん。アバターは圧巻のクオリティ。特におっぱ[もっと読む]


リピート決定 ★★★★★

先日オープンしたこちらのお店。とにかく雰囲気がいいですね。いかにも風俗

という感じが苦手な女性には是非おすすめしたいです。今回指[もっと読む]

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 金属製の門の前でシノの足は止まった。黒いもんの上半分は柵のようになっていて、下半分は金属板に透かし彫りが施されている。


 門の両脇には用心棒バウンサーが立っていた。


 スフィアの風俗店は「ドレスコード」という形で客を選別している。といっても服ではなく、アバターの性別や体形をチェックする。「男×男オンリー」とか「女性限定 男の娘不可」といったようなことを明示してしまうと、スフィア側から「性的指向・性自認による差別」としてBANされてしまうらしい。


 アバターをチェックするのは入口にいるバウンサーの役目だ。客の側から見ると、バウンサーの容姿をチェックすることで、その店がどういう嬢を揃えているのか知ることができる。


 ギャルリー・ヴィヴィエンヌのバウンサーはふたりとも背の高い女性だった。むかしの貴婦人が着てたような、スカートの膨らんだドレスを身にまとっている。だがそのスカートの前面がざっくり切り取られ、出入りしやすいみたいになっているので、「貴婦人」という雰囲気からは程遠い。かまくらの入口からは黒い下着とガーターベルトがのぞく。その縁は繊細なフリルで飾られていて、腕のいいモデラーによるものであることが見て取れた。杖のように地面に突いた水平二連のショットガンも、銃身の鈍い輝きがリアルで、いい出来だ。


 シノが門に近づくと、バウンサーの一人がその前に立ち塞がった。女子格闘家がやるみたいに長い髪を編みこんでコーンロウにしていて、いかにもイカツい。


 彼女はこちらの頭の先から爪先までを眺めまわした。


「ボディチェックをさせていただきます」


 そう言われてシノは腕をひろげた。


「どうぞ」


 バウンサーの手がブラウスの袖を撫でる。乳房を両側から挟むようにして持ちあげ、ウエストのラインをなぞり、尻の肉をつかむ。スカートの中に手を入れ、脚の間をさぐるとき、彼女はシノの目をのぞきこみ、唇の奥で舌なめずりをした。


 こうしたボディチェックは武器や危険物を発見するためではなく、アバターの体型を確認するために行われる。アイテムはインベントリからいつでも呼び出せるので、外観からのチェックは不可能だ。


 バウンサーがあらわにしている部位からも明らかなように、この店は女性器のついた女性アバター専門店なのだ。男の娘なんかはちょっとジャンルがちがうので、別のフロアに行くことになる。


 ボディチェックを終えたバウンサーが門扉を開けた。もう一人のバウンサーとともにシノを先導するようにして歩き、建物の扉に手をかける。


「ようこそ、ギャルリー・ヴィヴィエンヌへ」


 左右に引き開けられた扉を抜けてシノは中に入った。


 正面に暗い廊下が伸びていた。右手にカウンターがあって、壁のランプに照らされている。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの向こうには少女が立っていた。黒いスーツに黒い蝶ネクタイで、執事みたいな雰囲気だ。


「お客様、当店ははじめてでいらっしゃいますか?」


「うん」


 シノはうなずく。


「当店のシステムについてご説明いたします。お聴きになりますか?」


「ううん、だいじょうぶ」


 この手の店はどこもいっしょなので、説明を受けるのは時間の無駄だろう。


「もし何かご不明な点がございましたら、メニューのヘルプをご覧ください」


 少女は空中に指で長方形を描いた。「こちらが本日の出勤表になります」


 胸の前に生成された「窓」の端を彼女が指で弾くと、画面がこちらを向いた。


 3人の女の子が映し出される。3人とも下着姿で、手でおっぱいを持ちあげたり、髪を搔きあげたり、いろいろな表情を作ったりしてアバターのクオリティを誇示している。


 真ん中の子に目が留まった。金髪ショートで、肌が抜けるように白い。おっぱいは、シノほどではないが大きく、揺れがいかにも柔らかそうだ。こちらに向ける笑顔はいたずらっぽく、他の2人とちがって媚びた色が見られない。


 名前は「ツユソラ」。レビューにあった名前だ。属性は「攻め/受け」とある。こうした表記の場合、たいてい攻めがメインで、受けの方は「できないこともない」くらいのニュアンスだ。


 一方のシノは攻め一本槍の女。お相手が攻めメインでは相性が悪い。


 だが最初にピンと来たのは彼女だ。こういう店とうどん屋の天ぷら選びでは直感を大事にした方がいい。


「じゃあツユソラちゃんで」


真ん中の動画をタップすると、コースの選択画面に移った。60分(リアルタイム)2万円コースを選ぶ。相場よりすこし高い。


 支払い確認画面になる。カード情報はサブライムに登録してあるので、他の買い物同様、タップ1回するだけで完了する。


「ありがとうございます」


 カウンターの向こうで少女がお辞儀する。「それでは廊下の先、待合室の方で少々お待ちください」


 シノは廊下を歩きだした。受付の少女はbotだろう。複雑な受け答えをしないで済むよう窓を使っていた。バウンサーコンビのしゃべらなかった方はどうだろうか。業務用以外のアバターをbotで操作するとBAN対象になる。ただ、レベルの高いbotだと、ちょっと会話したくらいでは中の人がいるかどうか判別できない。


 待合室はたくさんの柱に囲まれていた。壁と平行に柱が並んでいて、その間が通路のようになっている。柱の上部はアーチを支えていた。


 部屋の中央に低いテーブルが置かれ、二脚の長いソファがそれを挟む。一人の女性アバターがそこに座り、胸の前の窓を見つめている。サブストリームで動画でも観ているのだろうか。シノが斜め向かいに腰をおろすと、ちらりと視線を寄越し、また画面に目をもどした。


 シノは部屋を眺め渡した。入口から見たときには明るく映ったが、入ってみると薄暗かった。壁紙の模様もソファに施された刺繡ししゆうも細かくて、手が込んでいる。テーブルの上にはワインのボトルとフルーツの盛られた杯が置かれている。VR空間で飲食はできないので、単なる装飾だ。壁のランプの中にはリアルなモーションの炎があり、柱の影を壁に揺らす。シノは指を動かした。若干ラグい。部屋のオブジェが重いせいか、それともこの建物の中に意外と人がたくさんいるのか。


 見あげると、3階までの吹き抜けになっていた。壁に張りつく通路の手すりから身を乗りだしてこちらを見おろす者がいる。


 その女は階段をおりて待合室にやってきた。ふわふわの巻き毛とムチムチの体がゴージャスだ。黒い下着にストッキングとガーターベルト、足元は床に穴が開きそうなピンヒールというエチエチスタイル。こちらの視線に気づくと、誇らしげに胸を揺する。


 斜め向かいの客が立ちあがり、ゴージャスな彼女と手をつないで階上にのぼっていった。


 シノは窓を開いてサブストリームで動画を観ることも、サブチャットでタイムラインを確認することもしなかった。どんな女の子がやってくるのか想像しながら待合室で過ごすというのも楽しいものだ。ここのところオキニのところにばかり通っていたので、こうした新規開拓の醍醐味を忘れていた。


 足音が近づいてきた。階段をおりてきた金髪の女の子が、待ちあわせをしていた恋人のように親しげな、ちょっと安堵したような笑顔を向けてくる。


「ご指名ありがとうございます。ツユソラ@RainyJUNEです」

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