第31話 一つのエピローグ

愛斗とタケルとマリは帰途につくため、エレベーターは使わず司令室から伸びる長い鉄製の螺旋階段を登っていた。直人と尚子が司令室のシステムをダウンしたまま、次の紛争地帯へ旅立ってしまった為に電源が入らなかったのだ。


『抱っこしてあげるわよ?私、抱っこ得意よ?』 と、マリが言ったが

愛斗は微妙な顔で、地上に伸びる螺旋階段を見上げながら 「あ…、いや、歩いて登るよ」 と、断ったのだ。 


 前をタケルが登り、その後を愛斗が続き、その後ろからマリが登った。


 中ほどまで来ると愛斗は汗だくになってへたり込んでしまった。

 マリはそっと愛斗を抱きかかえると、コンクリートの壁面や手すりに当てないように慎重に上った。途中いくつかの重いハッチを抜け、最上部のハッチを開けると、あとはカモフラージュの網で隠された地上に出るコンクリート製の階段がある。愛斗はマリに降してもらうことを促し、そこからは自分の足で上った。地上には静かな星空が広がっていた。その静寂の中を治安維持のために越境してきた国連軍が慌ただしく行き来していた。すぐそばに着陸しているヘリから軍服姿の男が愛斗たちに近づいてきた。そして軽く敬礼すると、米大統領補佐官を名乗り話し始めた。

「君にはまったく驚かされたよ!核戦争を未然に食い止めてもらって、本当にありがとう。まさにミラクル、救世主だよ!」

「いえ…、実際僕も知らなかった事で、世界はもう終わったと思っていました」

「まあ、謙遜は無用だよ…ははっ」

そして、タケルとマリの方をチラリと見るとこう続けた。

「ところで君の働く会社では日本国防軍のロボットの他に、介護用ロボットの開発も進めているらしいじゃないか…。是非、我々にそのビジネスの協力をさせてはくれないかね?我アメリカ合衆国大統領もそう言っておられるのでね…」

 愛斗の会社にとっても世界にとっても、それは渡りに船であり協力が得られれば、アメリカ全土にも介助AI機器を広めることが容易となる。そうすれば中には介護ロボットの作製を出来る者も出てくるだろう。愛斗たちの思う理想の世界へ、より早く近づけるのだ。しかし、愛斗は断った。

「あなた方は、いつまでその軍服を着ているつもりなのですか?多くの犠牲者を出して、こんな悲しみや憎しみの連鎖をいったいいつまで続けていくつもりなのですか!?せっかくですがお断りします!」 

そうはっきりと言った。

『正解だ…愛斗』 右耳のAI介助機器から直人の声がした。

米大統領補佐官は、両手の平を上に向け、頭をかしげた。

「我々は自由と世界の秩序を守っている。日本もその恩恵を受けている事を忘れてはないかね…?君の見た通り、現在我々の持つ核は、その抑止力を既に失ってしまった。しかし、それは致し方ない事なのだ。核によって抑止できない者は、更に大きな力を以て臨む他はない。君の言う反戦は空虚な理想論に過ぎないのだよ」

そう吐き捨てると、首を横に振りながらその場を去った。

 愛斗はその言葉に憤りをおぼえ両の拳を握りしめた。そして、立ち去る米大統領補佐官を真っすぐに見据え、口を真一文字に噛みしめ見送った。



 愛斗たちは、その後すぐに日本へ向かった。シミュレーションとはいえ、日本に核攻撃をされたショックも大きく、それ故ことさらに望郷の念に駆られたのである。

生家に戻ると、10体ものロボットがコツコツ作業をし、完成した介護ロボットを、自分では作ることのできないお年寄りの元に送り出していた。そしていつものように一体のロボットが駅前に行き周辺の清掃を始めた。それを遠くから眺めながら愛斗はため息をついた。側にいたマリとタケルは心配そうに小首を傾げ愛斗を見た。


「愛くん…、こんなにコツコツと作業を続けていて、いったいいつになったら父さんの言うユートピアが出来るんだい?やっぱりあの時、あんなに興奮せずにアメリカに協力してもらったら良かったかな…」右耳の介助機器に手をやり愛斗は呟いた。


『愛斗さん…5年後がどうなっているか、シミュレーションCGをご覧になりますか?今の景色に重ねて投影できます』

「えっ?5年後のこの駅前の風景かい?」

『はい、今のAI普及進捗状況や環境などを数値化して5年後を予想します』

 介助機器からレーザーが発せられ、ホログラムが今の風景に重なった。

 実在の1体のロボットの周辺にあと2体のロボットが出現し、歩道脇を同じように清掃している。

「ああ…やっぱり…。5年後でこれじゃあ、いつになったらユートピアが出来るんだ?」


 愛斗が嘆いていると、実在の1体のロボットに向かって、一人の男が歩いてくる。ロボットの前に立ち止まり何か話しかけているようだ。

 愛斗は機器をロボットにリンクさせて聞き耳を立てた。

「俺を覚えているか?久しぶりじゃないか…お前あれからずっとここを掃除しているのか?」


「あっ!あいつ!いつだったか、ロボットを蹴り倒したやつだ!また来やがった」

『待ってください愛斗さん…』

 文句を言いに行きそうになった愛斗は“愛”に制止され、握りこぶしを作って続きを見守った。

「ご苦労さんだな…。あの時は悪かったな…俺にも手伝わせてくれよ」 そう言うと男は、あちこちに落ちている空き缶やゴミを拾っては、ロボットの持つチリトリに放り込み始めた。

『環境補正値が新たに加算されました…シミュレーション結果が変わります』

その瞬間に重ねられた5年後のホログラムが描き替えられた。機能的な街並みとなった地面には平たいエイのようなロボットが素早くゴミを回収し、道には若者もお年寄りも同じように颯爽と歩いている。お年寄りの膝や腰には薄いサポーター状の運動支援ロボットが装着されていて、もうそこには介護用ロボットの姿は無かった。

「5年後には、介護ロボットは新たなステージに入っている…?たった一人の考え方の変化で⁉」

『いえ…これはあくまでも、この場面での出来事による予測シミュレーション結果です。世界が変わるには、世界の大多数の人の考え方が変わる必要があるでしょう。」



「愛斗よ!なにをやっとる…早く戻って来んか!」 愛斗がスイスに残してきた左耳用の介助機器でシュミットじいさんが呼びかけてきた。

「よくやったな…愛斗、お前は世界を救ったんだ。ワシの方はロボットをもう作り終えるぞ?早く帰ってこい」

『ピノッキオ作りのゼペットじいさんのようですね』 “愛”が割り込む。

「あははっ!シュミットさん、ありがとう!今から帰ります。待っていてください」

マリとタケルにサンドイッチにされ、愛斗は飛び立った。


待っていてくださいね…きっとすべての人が笑いあって暮らせる世界を作ります。


一緒に。


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