第30話 終わりの始まり

『イタリア…アビアノ、ガエータ、ラ・スペツィア。フランス…ランディヴィジオ、ニームギャロン、ランビウエ。イギリス…ハイ・ウィッカム、ポーツマス、セント・モーガン着弾』 “愛”は司令室のスクリーンパネルに世界地図を表示させ、着弾位置に赤い円形を点滅させた。ここより発射されたICBM(大陸間弾道ミサイル)が、それぞれのターゲットに次々に着弾していく。それとともに、報復攻撃として発射された各国のICBMもここへ接近していた。スクリーンパネルの隅に表示されているカウントダウンが残り1分に近づく。いち早く発射されたアメリカの弾道ミサイルは、大気圏を昇りきると本体と弾頭を分離し方向を修正しながらこの地下司令室に向けて加速を始めていた。


『着弾まで1分、衝撃に備えてください。もっとも、衝撃の瞬間にここは消滅しますが…』

 

「愛くん!話が違わなくない…?」 『大丈夫…愛斗さん』


『ギースさん…あなたが言うように、人類は消滅した方が良いのかもしれませんね?…あなたも含んで…。あなた方組織は、組織以外の人類を滅ぼしてその後、新たな世界を作ろうとしていますね。それはあなた方だけに都合の良い世界ではないですか?そんなのさらさらごめん、さよならです…』 “愛”は冷たく続ける。直人、尚子は沈黙。タケルもマリも動きを止めている。


「助けてくれ!頼む…死にたくない!たすけてくれ!」 


『薬物や催眠術で仕立てた自爆テロの実行者や、その犠牲者の人々の思いを…、今、体感してください!着弾まで10秒…9…8…』


「すまない…やるしかなかった、やらなければ消されるんだ」


『直上…来ます!』 “愛”はスクリーンパネルに満点の星々が瞬く直上の空を映した。遥か上空を大気のやすりに削られた弾頭が、オレンジ色の火花を回転させながらみるみる迫る。愛斗は目を見開き、口を開け今にも叫びそうな顔で仁王立ちした。そしてギースは頭を抱えてしゃがみこんだ。


『3…2…1…』 ドォォォーン!!


スクリーンパネルは、まばゆい閃光に包まれた。愛斗は一歩後ずさりし、更に大きく口を開き、目を見開いた。なんと…そこには、大輪の花火がその大きさを増しながら開いていたのだ。


「これは……、花火…?そうだ、これは日本の花火だ…」


次にギースが顔を上げた。まだ状況が把握出来ていないらしく、「ここは地獄か?天国なのか…?」と呟きながらスクリーンパネルの花火を見た。「これは…!?なんて美しいんだ…」そして、ゆっくりと立ち上がると、次から次に開いては消える花火を、まるで魂が抜かれたような顔で眺めた。そこではっと我に返り司令室を見渡した。「これはフェイクなのか…?こっちが撃ったミサイルも?」


『いいえ、フェイクではありません。シミュレーションをお見せ出来ると言ったはずです…これがそうです。最後を除いては、ですが』


 その時、司令室入り口から十数人のアメリカ軍特殊部隊が、身を屈めた姿勢で銃を構え突入してきた。あっという間に、守衛たちは銃を捨て降伏。ギースも銃を構えた隊員に取り囲まれ、両脇から拘束された。


「こんなにも美しいものが世界にはあったんだな…。もっと早くに見ていたなら…俺もこんなにまでやさぐれずに済んだかな」 ギースはスクリーンパネルの連続して開く花火に目を向けつつ、米隊員達に引き連れられていった。


 大統領は、両脇と両足を持たれ担架に乗せられた。弾丸が急所を外していたのかスクリーンパネルの花火を見て驚きと、それから安心したような表情をした。


 運ばれてゆく大統領を見送りながらぽつりと 「はあ…結局、愛くんに助けられたね…。僕には何も出来なかった」 愛斗がそう呟いた。


『いいえ!とんでもない、愛斗さんの説得が無ければ、100%間に合っていませんでした。タケルさんとマリさんでこの司令室のシステムに侵入するための暗号パスワード解読、そして直人さんと尚子さんで、スクリーンパネルにハメ込む為のCG動画の制作をし、侵入とデータ注入を完了したのが発射ボタンを押される0.023秒前でしたから…』


『そうだ、CG動画が間に合わなく感付かれればアナログ回路に切り替えられ発射されるリスクもあった。愛斗、君の真に迫った説得が無ければ、あの発射ボタンを押すタイミングに間に合うことは出来なかったのだよ』 直人が付け加えた。

『お疲れ様、愛斗!最後まで本当の事言えずにごめんね!演技では出せない緊迫感が欲しかったの』 尚子も一言付け加えた。


 「マジか…」 愛斗は額に滲んだ汗を拭った。


 愛斗が運ばれていく大統領の担架を見送っていると、最後に歩いてきた隊長が立ち止まり愛斗に向かい敬礼をした。「お勤めご苦労様です!Mrアイト、これは大変な功績ですよ!素晴らしい仕事でした」そう言うと、もう一度シュッと軍服の擦れる音と共に敬礼をして去っていった。


 「どうして僕の事を知っているんだ?」


『きっと我々が日本政府のスーパーコンピュータFを、システム解析や動画作成でフルに使ってしまったせいだな…。俺たちも今回ばかりは、なりふり構っていられなかったから、我々自身のセキュリティまで確保出来なかったんだ』


「父さん達は、その存在を知られても大丈夫なの?」


『そうだな…。AIと人間の間の存在、人間の感情が宿ったAIは危険視されるかも知れないな…。しかもネットを自由に行き来して、ウィルスのようにプログラムを書き換える…考えるまでもなく、危険極まりないな…』


「それなら、すぐに逃げないと!」


『いや、今のところは大丈夫だろう…ホストに世界屈指のスパコンFを使っているからな。この先、俺達を消そうとする者が、特殊なAIワクチン…そう、量子コンピューターなどを使ったAIを差し向けてくるなら分からんが…』


『それまでには、俺たちの役目も終わっているかも知れない…世界中に俺たちの作ったAIが広がり、人間の役割を担いつつ世界の未来を築いていく…。そこには、貧困も戦争も無意味な差別もないユートピアが待っているはずだ』


「そんな日が本当に来るのかな…?」『必ず来るさ…』『そうよ!きっと来るわよ!』


『愛斗には引き続きAI介助機器の配布を頼む!それが第一歩だからな。…じゃあ、俺たちは行く…またな!』


「ああ、分かったよ…父さん、母さん」


『元気でね、愛斗…さようなら』 ぷつっ、というパルス音を最後に通信は終わった。

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