第29話 続 カプス・カタストロフ
「大陸間弾道ミサイルの発射準備は完了しました。大統領、あなたが目の前のそのディスプレイに手を翳しながら、そこのキーを左に90度回せば、ボタン一つで全ての標的に発射されます。もう決断はされている筈です、さあ!」 参謀は
『やめてください!大統領、日本のHIROSIMA、NAGASAKIをご存じですか?あの凄惨な出来事をもう一度繰り返すというのですか?現在の核は当時のそれとは比較にならない程強力なんです。そのシミュレーションをすぐにでもお見せ出来ます。見て頂ければその悲惨さがよく分かります!是非、ご覧になって頂きたいです!』 直人は参謀の声に被せて叫んだ。
大統領は、厳しい表情でディスプレイにゆっくりと左手を翳すと、少し震えた右手でキーを回しロックを解除した。「我々はもう十分に殺されてきた。今更何が悲惨だというのだ」 室内には臨戦態勢を示す赤色灯が点灯された。
その時、地下指令室に“愛”の声が響き渡った。
『アラート、アラート、CIAの極秘情報にアクセス…その参謀長官は、危険です。顔を整形していますが、現存骨格で照合…その人物は5年前、既に死亡とされています!その参謀長官はカエダマ…コードネームはギース。スパイであると思われます』 この情報は直人と尚子も瞬時に共有した。そしてそれを聞いた大統領は我に返ったようにキーをロック位置に戻した。
『あなたがこの戦争をややこしくしているのね!許せない!』 尚子が叫んだ。
『西側のスパイなのか!?』 カエダマ参謀のギースに直人が問う。
「ふっ…西側には何の関係もない。崇高な我が組織は世界を、いや…人類を浄化するためにある。そして私はそれを実行する為にここにいる。さあ、大統領、もう一度そのキーを回すのです!そして、そのボタンを押し世界を火の海にするのです!」
ギギッギ…ドゴオオン!ギースが言い終わるとほぼ同時に、地下司令室の分厚い扉が大きなヒンジを引きちぎって倒れた。その扉を踏みつけて入って来たのはタケルだった。薄暗い中のシルエットに目だけ鋭い光を放っている。
『失礼、開かないので壊してしまいました』
「なんだ、あれは!?ロボット!?どうやってここまで来たんだ!?守備兵は…」ギースは後ずさりしながら叫んだ。
『少しばかり手荒くではありましたが、眠ってもらいました』
一回り大きな体格のタケルの後ろから愛斗とマリが現れた。
「間に合ったのかな?」 『そのようね…』
守衛の一人が自動小銃を愛斗達に向け数発射撃した。それに呼応し他の守衛も銃を構え撃った。 タタタン タタタタン それは一瞬の事だったが、愛斗の前に舞踊るように飛び出たのはマリだった。
銃声が止み、踊り終えたマリの開く手からはパラパラと銃弾が落ちた。
『愛斗様には一発たりとも届かせはしませんことよ?』
「むうう…」ギースは腰のフォルダから拳銃を抜くと、大統領に向けて言った。「なにをしている!早く撃て!」 大統領は棒立ちになって呆然としている。
愛斗も前に進み手を伸ばし言う「大統領!ダメです!やめてください!人は過ちを犯す。しかし何度もやり直してここまで来たんです!争わなくて良い世界がもうすぐそこまで来ているんです!貧困も国境もなくなる世界が…」
愛斗の話をじっと聞いていた大統領は、とっさに拳銃を構えているギースに飛びかかった。「やめろ~!」拳銃を持つ手を掴みもみ合いになった。その次の瞬間、パーンと乾いた銃声が鳴りそして大統領は膝からガクンと崩れ落ちた。
「くそお…」 ギースはぐったりとした大統領を抱え、その左手を操作パネルに押し付け認証させると自らの手でキーを回した。室内灯が再び赤色に変わる。そして、ギースは保護シールドを拳銃のグリップで叩き割ると、その下の発射ボタンを
司令室前面のスクリーンパネルに、ミサイルサイロから吹き出す猛烈な煙と炎、その後、円錐形のミサイルの先端がゆっくりと加速をしながら上昇していく映像が映し出された。
「なんてことをするんだ!ちくしょう!もう駄目じゃないか!もうおしまいだ…くそ、くそ、間に合わなかった…説得できなかった…くそ…おしまいだ…もうおしまいだ…」愛斗は膝を着いて頭を抱え叫んだ。
『アラート、アラート、アメリカがこちらの弾道ミサイルの発射を探知しました。報復攻撃が来ます。ターゲットにした各国からも弾道ミサイルの発射を確認。…総数262…最初の着弾までおよそ15分40秒…アメリカの弾頭は大気圏突入前、目標補正のものに加えて加速ブースターを搭載しています。アメリカへ向かっているこちらの弾頭が着弾する前に来ます』 “愛”が淡々と情報を伝える。直人と尚子は沈黙している。
“愛”は着弾までのカウントダウンをスクリーンパネルの隅に表示させた。
「ふん、ここは地下50mの核シェルターだ。3日もすれば外に出られる」ギースが満足げに言った。
『アメリカの新型核弾頭はバンカーバスター、地中深く突き刺さって起爆するタイプだ。ここは地下50mだったか…ピンポイントで来るぞ…ひとたまりもないな…大きなクレーターができるぞ』 直人が“愛”と共有した情報をぽつりと告げた。
ギースはびくっとしてカウントダウンを見た。「うぐうう…脱出する時間もない」
守衛たちはざわめき、入り口付近の者はそそくさと司令室から逃げ出した。
「そんな情報欲しくないよ~!」 愛斗も情けない声を出す。
『大丈夫ですよ、愛斗さん…僕たちに任せてください』 “愛”が愛斗達のみの通信で言った。
『こちらからの攻撃が日本に到達します!イージス艦の迎撃に失敗した弾頭が着弾します。地上迎撃システムすべて失敗。着弾まで、3…2…1…東京都心、横須賀、厚木、佐世保、沖縄本島、着弾!いずれも日本国防軍司令中枢とアメリカ軍駐留基地です。被害は算出中』 尚も“愛”は淡々と伝える。
「なんてことを…!日本もターゲットだったなんて…」 愛斗は呆然としてよろけた。
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