第28話 天翔ける
愛斗は、銀色のボディーだったあのAIロボットのマリと、金色のボディーのタケルに上下からサンドイッチ状態に抱えられ、地中海のはるか上空を今まさに亡国となりうる地に向かって飛行していた。 “愛”から要請を受けていたマリとタケルは、愛斗をそこへ送り届ける為に既にスイスへと急行していたのだ。愛斗が“愛”からの通報を受けた直後に突然二体のロボットが目の前に降り立ったものだから、シュミットじいさんは腰を抜かすほどに驚いた。だが愛斗から詳しく事情を説明されると、その緊急性を理解し背中を押すように送り出したのだった。
飛行している上空では、地上に居るのとは比べ物にならない程強烈な太陽光が、丸みを帯びた青い地平線と湧き立つ真綿のような雲をより一層際立たせている。
「マリさん…、ところで…以前会った時と随分違うのですが…その…ボディー。しかも、向かい合わせだから…」
『うふふ…グレードアップしたの!外骨格の上に人工筋肉と人工皮膚を付けてもらったのよ…どぉ?いい感触でしょ?』
「凄い技術ですね…。あれからたった数ヶ月でこんなに?…体温まで人間そのものです」
『そうなのね…?胸も人間の女の子みたいかしら?…わたし、体温も感触もセンサーの数値でしか分からないから…生身のあなたにそれをきいてみたかったの…。ん?あなたの血圧と脈拍、急激に上がっているわよ…体調でも悪いの?』
「マリさん…刺激が強すぎなんですよ!」 愛斗は気まずい我が身の反応を払拭するように叫んだ。
マリとタケルにサンドウィッチにされた愛斗は高度12,000mを、音速を超えて飛行していた。通常はこの高度で生身の人間が生きていることはできない。気圧は地上の半分になり、気温に至ってはマイナス30℃を下回るからだ。当然風圧による衝撃も桁外れなのだ。愛斗が平気でいられるのは、マリとタケルが全方位に向け衝撃波をコントロールする波動を発し、そのバランスを巧みに操ることで、ある種のシールドを作り出しているからなのだ。大気が希薄になる高高度に上昇してしまえば、それは極小さなエネルギーで生成される。そして、マリとタケルから放出される体温と水分で、シールド内は快適な環境となっていた。
愛斗は平常心を取り戻すと、今しがた別れたシュミットじいさんの言葉を思い出していた。
「修行は始まったばかりじゃ!必ず無事に戻って続きをやるんじゃぞ!」
「はい!必ず…。すぐに片付けて戻ります。待っていて下さい、師匠!」
(…とは言ったものの、一国の大統領とどうやって渡り合って良いものか…)
愛斗は全く見当も付かずにいた。
「愛くん、いるかい?」 右耳のAI介助機器に手を添えた。
『はい、僕ならいつでも居ますよ?どうしましたか?』
「僕は戦争している相手国の大統領に対して、何を言ったら良いのかな?なにを言えば分かってもらえる?」
『はい…僕にも分かりません。愛斗さんの思うことを言って下さい。』
「え…そんなぁ~。それに相手国だけじゃなく、アメリカを含む同盟国全てを説得しないといけないんじゃない?僕なんかにそんなことできるのかなぁ?無理なんじゃない?…あ~っ、どうしよう…テンパってきた!」
『心配ないですよ、きっと分かってくれます。同じ人間なんですから!僕も陰ながら精一杯サポートしますから頑張って下さい!言葉はどこの国の言葉でも、この機器を通じて同時通訳されますので、快適に会話できますよ』
『私たちだってついているわよ?』 マリもそう言い、タケルも頷いた。
愛斗は沈黙し考えていた。父、直人と共に同じ職場の研究室で様々なAIやロボットの開発をする中、争う事の無い世界、争う必要の無い世界を作り上げる為に何が出来るのか…そんな話を直人は愛斗に常に聞かせていたのだった。そして愛斗は力強く頷いた。
外気から聞こえる音が急速に弱まった。
『もうすぐ目的地上空です。降下しますから、少々耳がツンとしますよ』 低く落ち着いた声でタケルが言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます