第26話 師匠と弟子
カン…カン…カン…
鐘を鳴らすような音が響いている。“愛”から介護ロボットの図面を渡されてから二週間、愛斗はひたすら部品の制作作業を続けていた。
机に敷かれた鉄板の上で、愛斗が空き缶を伸ばした板をドライバーと金槌でくり抜いている。その音が、シュミットじいさんの庭に響き渡っているのだ。汗を額ににじませ、時折ドライバーの先で頭を掻きながら、横に置かれた図面に目を配りつつ、一心不乱に金槌を振るっていた。
「まったく…見ちゃあおれんな…」 机の前に座った愛斗の後ろに、いつの間にか立ったシュミットじいさんが図面と、その歯車を作る愛斗の様子を眺めて呟いた。
「わぁ!びっくりした~」 それに気づきもせずに没頭していた愛斗はぎくりとして椅子から落ちそうになった。
「なんという効率の悪いやり方をしているのじゃ!」 そう言うと一度その場を立ち去り、しばらくして木片と工具箱をぶら下げ戻ってきた。
「ちょっとそこをどきな…」 愛斗を座った椅子から退かせると、シュミットじいさん自らが座り、愛斗が使っていた型紙を木片にあてがい、手早くペンで形を書き込むと、線に沿って木片を彫り始めた。
「これだけの数の歯車を一つ一つそんなやり方でくり抜いていたら、時間もかかるし精度も何もあったもんじゃない…。こうやって型を作って、砂に埋め固めて砂型を作る。それから、その空き缶を溶かして流し込むんじゃ」
「鋳造…ですか…?初めて見ます。シュミットさん、どうしてやり方を…?」
「わしゃ、息子に宛がわれたこの家に来るまでは、片田舎で鍛冶屋をやっておったんじゃ…こんな都会に出てきては、そんな仕事も無くなってしまったが」
「そうだったんですね…、素晴らしい技術を持っておられるじゃないですか!是非、僕にそれを教えてください!」
「あっ…、ちっ…ワシとしたことが…うっかりだわい…。絶対に手伝わんぞと思っていたのに…あ~っ、分かった分かった、教えるだけだぞ!」 と、苦笑いを浮かべた。
「YES!」と、愛斗は両手に握りこぶしを作り叫んだ。
「おい、喜んでばかりいないで家に行って暖炉から良く焼けた炭を取ってこい、納屋に鉄鍋とふいごがあるから、そいつで空き缶を溶かすんだ」
「はい!」愛斗は小躍りするように納屋に走った。
シュミットじいさんは、大き目に切り出した木片にノミを立てサクッと削り落とした。その手際良さはやはり職人のそれによるものだった。
一種類の歯車の木型を掘り終えると、丸い金枠にふるいにかけた細かい砂をいっぱいに詰め込んで、そこに木型をねじ込むと薄い板をヘラにして余った砂をサッと削ぎ落した。
「おい!アイト、空き缶は溶けたか!よお~し、ここにそいつを注ぎ込むんだ」
シュミットじいさんは、鋭いノミの先を木型の真ん中に刺すと、スイっと抜き取った。愛斗はその歯車型に空いたくぼみに、恐る恐るではあるが慎重に銀色に溶けたアルミニウムを注ぎ込んだ。チチチ…シュウ…音を立て表面にできた鏡面が縮むように固化した。それに思わず手を伸ばした愛斗にシュミットじいさんが怒鳴った。
「馬鹿野郎!触るな!まだ熱いぞ!」そして慌てて手を引っ込めた愛斗を見てにやりと笑うと、その鋳造された歯車に水をかけ、おもむろに拾い上げて片目で眺め「いい出来だ…」と呟いた。
「次からはこの型に蓋をかぶせて、注入口から注ぐようにしろ…。後で厚み調整が楽になるからな」
「はい!ありがとうございます!シュミットさん…これなら、作業が随分速くなります!よ~し、一気に進めるぞ~」飛び上がり喜ぶ愛斗を眺め、シュミットじいさんは目を細め笑みを浮かべた。
「よ~し、見ていてやるから、最初からやってみろ」シュミットじいさんは、腕組をし顎をクイッと上げた。
愛斗がそれに応じ作業に入ったその時、片耳に付けていたAI介助機器に“愛”の声が入ってきた。“愛”が愛斗のもとに来るのは二か月ぶりであった。
『愛斗さん!大変です!アラートアラート、緊急告知!』 いきなりの訪問とめずらしく焦るような声に、愛斗もただ事では無い事を察し機器に手を添え応えた。
「愛くん、そんなに慌ててどうしたの!?いったい何があったの!?」
『国連軍が戦闘中に核攻撃を受けました。最前線部隊は全滅です。このままでは、双方が核攻撃の応酬になります。相手国の司令部に交渉に行こうと思いますが、実体の無い僕たちだけでは、かえって不信感を煽ります。愛斗さん、来て頂くのをお願いできるのは、あなただけなんです』
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