第23話 異国の息子

 愛斗はある決意をもって、先日訪ね介助AI機器のモニタリングを断られた老人の元を訪れた。広々とした庭は、白いペンキで塗られた木製の柵で美しく囲われている。愛斗はその入り口から、地面に埋め込まれた不規則なモザイクのタイルを歩き、庭の中ほどで大きな声で挨拶をした。


「ボンジューォ!」


 奥に見える家のドアが少し開き、まず顔を出した老人は、愛斗の顔を見るや力の抜けた顔をした。それでも外に出てきた老人は、腕組みをし、小首を傾げ言った。


「またアンタか…。何度来ても同じだぞ!ワシには必要ない!帰った!帰った!」


 と、手でシッシ…のジェスチャーをした。


 愛斗は片手を肩の高さまで上げ、なだめるように深く二度頷くと、話し始めた。


「今日は、それとは別のお願いがあって来たんです」


 老人は怪訝そうな顔で腕組みしたまま両肩を上げると眉をひそめた。


「あの…、このお庭の片隅を、僕に貸しては頂けないでしょうか?」


 ますます怪訝そうな顔をする老人。


「もちろん、タダでとは言いません!…とは言っても、お金は無いのですが…。そのかわりなんでもお手伝いします!身の回りの事、買い物や洗濯、掃除でも何でも!…なので、このお庭の一角を僕に貸して頂けないでしょうか?」そう言い、頭を深く下げた。


「ほう?だが介助AI機器とやらは、使わんぞ?」


「はい!もちろん、結構です!…て、ことは、ここを貸して頂けるのですね!?」

 愛斗は満面の笑顔で両のこぶしを空に掲げた。


「まぁ、いいじゃろぉ…ちらかすんじゃぁねぇぞ!?」


「ありがとうございます!本当に助かります!」


「して…そこで何をするつもりなんじゃ?」


「はい…、この場所でロボットアームを作らせて頂きます!」

 愛斗は嬉しそうに言った。


「まぁ、勝手にするが良い。が…手伝いをすると言ったのを忘れるなよ?」


「もちろんです!何でも言いつけて下さい!」


 それを聞いた老人は、満更でもない顔をしてフン…と鼻を鳴らした。


「よかろう…、そこのパーゴラの下を貸してやろう…今は使ってないからな」


 広さは三畳間ほど。木製のパーゴラには枯れたブドウのつるが絡まっている。


「ありがとうございます。充分な広さです!明日からでも机を置き作業させて頂きます!」




 翌日、愛斗は事務所にたった一つだけの事務机を運び出し老人宅へ向かった。


 作業台にするその机は引き出しこそ抜いて来ているが結構に重い。両端を持ち、逆さにして頭で天板を支え、よろけながらも歩いた。途中、手を引かれ歩いている小さな子供に指を差され笑われたが、それでも今日の愛斗の気分はそれまでと違って晴れやかだった。理由はどうであれ、受け入れられた。それだけで、愛斗は希望に心を躍らせていた。


 そしてふらつきながらも、ようやく老人宅の白い柵の前まで辿り着いた。そして愛斗が机をパーゴラの下まで運び、荒くなった呼吸を整えていると、庭の奥の家から老人が出てきた。


「ついてこい、手伝う約束じゃったよな…?」

 そう言って、へたっている愛斗の横を通過し庭を出た。


「あっ、はい!」

 慌てて愛斗は後を追って走った。


 1キロほど歩くと、平屋建てのマーケットが見えてきた。どうやら手伝いは、そこでの買い物の荷物持ちらしかった。


 カートを押し老人についてマーケットの中に入ると、店主らしき男が来て老人に声をかけた。


「やあ!シュミットさんお久しぶりですね?今日はお連れさんとですか?」


「あぁ…、異国の息子じゃ、これからちょくちょく寄こすから宜しくたのむな」


 愛斗はハッとして老人を見、慌てて向き直り先方にぺこりと頭を下げた。(この人、シュミットさんっていうんだ…)今更ながら名前も知らずに訪問していた事に気づき、頭をかいた。


 愛斗は店内をカートを押して付いて回り、シュミットじいさんは、ぽいぽいとそれに商品を投げ入れていった。店内を一周する頃にはカートは山盛りになっていた。


「こんなもんじゃろ…帰るぞ」


 レジで会計を済ますと二人は帰途についた。商品を入れた特大の段ボール箱二つを愛斗は重ねて抱えると、横から覗くように前を見て歩いた。


「帰ったら、家の掃除だぞ…」


「あ…、は、はい!」

(初日から人使いが荒いなぁ~)愛斗はそう思いながらも、さっき言われた“異国の息子”という言葉に少し感動していて、悪い気は全くしなかった。


「それが終わったら、昼飯の準備だぞ?」

 シュミットじいさんの言葉に、愛斗は抱えている荷物に顔を隠し苦笑した。

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