第21話 届かぬ思いと…
介助AI機器の配布の為、日本からスイスに戻った愛斗は、閑静な住宅街を歩いていた。リュックサックには、介助AI機器の箱が数個と、その日に飲む飲料水のペットボトル、今となっては行きつけとなったパン屋で購入したチーズキューブ入りのパンを一つ入れて、一軒一軒モニタリングをしてもらう高齢者を訪ねては介助AI機器の説明をして回っていた。
あくまでもモニタリング対象者は、65歳までの健常者である。しかも、なるだけ手先の器用な人物でなければならない。介護用ロボットを作る為の最初のロボットアームを作ってもらわなければならないからだ。しかしそんな条件を満たす前に、まだ元気なこの年代の人達は、なかなか介助AI機器を受け入れてはくれなかった。
「介助だと?馬鹿にしないでくれ!わしゃぁまだまだ元気だ!必要ない」
「元気なうちにこそ、この介助AI機器を使ってみて欲しいのです!」
「あ~、いらんいらん!そう言って、そのうちバージョンアップだかなんだとかで法外な額の請求をするんじゃろ?」
「いいえ!けっしてそんな事はありません!この機器は完全無料ですし、きっと満足して頂けるはずですから!」
「わしには一人息子がおる!介助が必要になったら、きっと面倒みてくれる筈じゃ!機械なんぞに任せられるか!」
こんな具合で、愛斗の訪問する高齢者のほとんどは、介助AI機器のモニタリングを受けてはくれなかった。
(日本ではすんなり100個のモニタリング機器を配布できたのに…スイスは頑固なお年寄りが多いのか?まったく…)
日本での配布とは異なり、スイスでは高齢者の住まいを把握出来ておらず、後ろ盾も全く無い状態で、一軒一軒の訪問を余儀なくされている。しかもネットを通じて、この分野での詐欺事件が多くなってきている。そんな昨今、不信感を持たれるのも無理の無い事ではあった。
愛斗は郊外の公園に入り、ベンチにリュックサックを下すと、その横に座った。
「あ~ぁ、疲れた…」
一人呟くと、青く澄み渡った空を眺めて、ぼんやりあの夜の事を思い出していた。
(あの出来事は夢だったのかな?…それとも、あの戦争が終わったのは、本当に父さんと母さんの…?いや、母さんの死を受け入れたくない自分の作った妄想じゃないだろうか…。だけど愛くんが操作しているはずの、介護ロボットの生産は続いている…愛くんの機能は停止しているのに…)
「はぁ…わからん」
(これから僕はどうしたら良いのだろう…)
愛斗は、リュックサックから介助AI機器の箱を一つ取り出しておもむろに開けると、自分の耳に機器を差し込んでみた。
『クゥモンッヴァチュ〔初めまして〕…メルシー ポウボゥト コーペアション ドオール シンビーヌド ポージュイ〔この度当社の製品モニタリングにご協力、誠にありがとうございます〕…ウヴ モントンディ〔音量はいかがですか〕?』スイスのジュネーブ近郊では、AIはこの地域での公用語のフランス語で話しかけてくる。
「ウィ シーバッフェ〔はい、完璧です〕」愛斗もフランス語で答えた。
『愛斗…フランス語、上手くなったじゃない!』
「えっ!?母さん?」
声は若いが、それは確かに尚子だった。
『父さん言っていたでしょ?私たち世界の何処にだってすぐに行けるって』
「生きていたんだね!?父さんも母さんも!てっきりあの夜の出来事は、俺の夢か妄想だと思っていたよ!今も信じられないよ…父さんは生身の身体を抜けたって言っていたけど…脳情報のコピー?それが思考して今話しているって言う事?母さん…母さんは、本当に母さんなの?」
愛斗の心中は複雑であった。生命とは…、魂とは…、命は単なる記憶の塊なんかじゃないはずだ。生きているように感じるが生きているとは言えないんじゃないか?…いや、それでもいい!生きていて欲しい。そう思う気持ちとのジレンマで愛斗は混乱していた。
『だって、実際にこうして愛斗と話しているでしょ?私もこうなる前は、全然理解できなかったわ。でもこの世界に来たら、不思議なことに全て理解できるのよ!私は生きている。父さんも、愛くんもよ?』
『愛斗…、お前が悩むのも無理はないと分かっている…でも、おまえだって俺に何度も語り掛けてくれてただろ?』
今度は愛斗の父、本条直人の声だ。
『俺達は確かに生きている。母さんも同じだ。遠い未来にはすべての人類がそうなる…この太陽系が終わる時、他の惑星へと移住するには、今の寿命はあまりに短すぎるからだ…まぁ、そうなるのは遥か遠い未来だろうけどな。今は現在世界が抱えている問題を解決するのが先だ。愛斗、お前がやっている事もそうなんだろう?』
「あぁ、父さん、そういう事なんだね…。わかったよ…俺は俺の、今出来ることをやっていくよ!」
『うん、しっかりな!俺たちは、まだ世界中にある紛争地域をなんとかする。前のような手段がいつまで通用するか分からんがな~。その時はその時だ』
『じゃあ行くわね…愛斗。いつでも愛斗が呼んだらすぐに来るけどね…』
『愛斗さん、またお会いしましょう』
尚子と“愛”の声が別れを告げ、そして愛斗は青い空に向かって手を振った。
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