第20話 それぞれの旅立ち

 数日後、愛斗は尚子の葬儀を終え、虚脱した面持ちで家の居間に座り込んだ。他に身寄りも無かった為に家族葬にしたのだが、愛斗が戸惑う程にこの地区の様々な人々が多数弔問に訪れたのだった。その一人に、すすり泣くあの阿佐美もいた。そして一通りが終わると愛斗は気が抜けたようになってしまっていたのだ。


 あの日バッテリーの切れた“愛”は、尚子と共に家に運ばれたが、充電しても全く動かなくなってしまって、壁にもたれ座らせてある。それでも、昼夜を問わずロボットアームは、予定のボディーを作り続けていた。


 部屋の隅の机には、尚子のノートパソコンがぽつりとある。


 愛斗は何気なく開いて電源ボタンを押してみた。


 トップ画面の真ん中に、やけに目立つハート型のアイコンがある。

 気になった愛斗は、そのアイコンをクリックした。


『やっと気が付いたわね~愛斗』 青い音声波形…尚子の声である。


「か…母さん!?」 愛斗は腰を抜かすほどに驚いた。


『今、父さんと、愛くんと一緒にいるのよ?…それに私、凄く若返った気分なの!だから安心して~♪こんな感じ』 画面に若い女性の顔…いや、若返った尚子の顔が映し出された。


『愛斗、久しぶりだな!母さんは任せておけ、これからは父さんと暮らすからな』父親の直人の声だ。


『僕も一緒ですよ~』 “愛”の声もしている。


「父さん、いったいどうやって…!?」


『愛斗、詳しいことは言えないが、俺たちは生身の身体を抜けた。今は自由にどこへでも行ける…世界中どこへでもだ。ネットを通じて、どこのコンピュータへも、街角の防犯カメラへも、上空を飛ぶ人工衛星へも、国家機密のコンピュータにさえだ…なにも不自由なことはない。だから、安心してくれ』


「父さん…それってコンピュータ・ウィルス!?いやAIウィルス…なのか!?」


『まあ、似たようなものだな…』 

 含み笑いでそう言うと続けた

『俺は母さんと一緒に、これから世界を平和にしに行こうと思っている。手始めにあの戦争をしている両国の軍に停戦命令のフェイクを送信するよ。

『あなた、両国に…も忘れないでね』尚子が付け加える。

『あははは、そうだね…送っとく』


『愛斗…おまえも、いい年なんだから、早くいい人を見付けろよ!』


『また会えるわよ、愛斗…AIをきっと、全世界に広めてね!』 と、若い尚子が言った。


「母さん…父さん…マジで…?…生きてる?」


『そうそう、伝え忘れた事があったわ。愛斗…お父さんね、あなたが生れる時、仕事ほっぽり出してすぐに駆け付けてくれたのよ~?』


 そこから、尚子と直人の思い出話が止めどもなく始まった。脳の全ての記憶を掘り出された尚子には話す事がいっぱいなのだ。そんな話を聞かされた愛斗は、葬儀からの疲れもあり、いつの間にかパソコンのキーボードに顔を伏せ眠ってしまっていた。



 朝になって目が覚めると、昨夜の出来事が現実なのか、夢だったのか愛斗には分からなくなっていた。ノートパソコンは開いている。しかし、画面は消えていて電源を点けてみても、あのハート型のアイコンはどこにも無くなっていた。愛斗が悶々とした気持ちでいると、今まで工場で作業をしていたロボットアームが、愛斗の前まで来て、ガッツポーズでVサインをした。


「愛くん…」愛斗はふっと軽くため息をつくと、笑った。




 数日後、愛斗は尚子の生活域の整理を済ませると、工場部分はそのままロボットアームに任せ、尚子のノートパソコンだけを小脇に抱え実家を後にした。愛斗は再びAI介助機器を広めにスイスに戻るのだ。


 空港へ行く列車が来るまでにはまだ時間があった。愛斗は駅に入ると改札を横目に待合室に行った。ベンチが並ぶ向かいの壁に埋め込みの大型テレビがある。それを見て愛斗は声を出し「あ!」っと、言った。大画面には、あの戦争をしていた両国が、講和条約を結んだニュースが、両首脳の握手の映像と共に報道されていたのだ。第三国で握手を交わす両首脳はお互いに「gomenne~ごめんね~」と言っていた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る