第17話 尊厳
眩い陽光が、窓のカーテンの隙間から、病室のベッドに眠る尚子の
「私…ここは…?」と、
『ここは病院ですよ?…昨日、午後4:32頃、尚子さんは意識を失ったんです。…気分は悪くないですか?』 “愛”は短いモーター音をたて、顔を尚子に近づけて
尚子はゆっくり首を振ると
「…そうだったの…ごめんね…心配かけちゃったわね」と静かに言った。
『尚子さん…あなたは…』
言いかけて、“愛”は
「分かっているわ…自分の身体だもの…」
『僕が付いていながら…左のセンサーが使えなく発見が…』
「いいのよ…気にしないで、私は十分生きたわ…それに、愛くんにも会えた…」
『尚子さん、僕はもっと
“愛”は立ち上がり訴え、その先を言いかけた時、病室のドアが開き二人のナースが入って来た。
「おはようございます、ご気分はどうですか?…これから、精密検査のCTとMRI撮りますからね」
尚子は、ストレッチャーに移されると、“愛”の見ている前を運び出されて行く。
『尚子さん…』“愛”と尚子の視線が合ったままに引き離されていく。
二人のナースは、“愛”には言葉もかけず… 長い廊下をストレッチャーのコマの音だけが響き、遠ざかっていった。 “愛”は、この二人のナースにとっては、機械であり、他の医療器具と同じ物であった。“愛”は、閉じられる扉を見ると、椅子に掛け動くのを止めた。
“愛”が動きを止めてから、数時間が経過していた。
遠くからストレッチャーのコマの音が近づいてくるのを感知し、“愛”は再起動した。目にはLEDの光が柔らかく
ドアが開き、尚子を乗せたストレッチャーが運び込まれて来た。
「愛くん、ごめんね…随分待たせたわね」
『いいえ、節電の為にスリープしていましたから…尚子さんの方こそ疲れたでしょう…?』
二人のナースは、ベッドにストレッチャーを横付けすると、尚子をベッドへと移した。そこで一人のナースが初めて“愛”に向き直ると、こう言った。
「先生から、本条様のご家族へ伝言して欲しい事があるそうですので、今から外科までお越し下さいますか?」
“愛”は尚子の方を見、一度だけ
『尚子さんはゆっくり休んでいて下さい。僕はちょっと先生のお話を聞いてきますから』と言い、病室を出た。
尚子の集中治療室を出て、廊下を曲がり待合室を通り、外科へ向かう“愛”。
突然に現れ通過してゆくロボットに、他の患者達は驚く者、指を差し笑う者等でざわめいた。
『失礼します…付き添いの介護ロボットです。驚かせてすみません…』
“愛”はそう言いながら、そそくさと待合室を通り、指定の外科診察室のドアをノックし、周りの
デスクでパソコンに向かっていた医師が“愛”に気付くと向き直り、診察用の丸椅子に座るよう促した。
「AIロボットもいよいよ個人向け普及ですか?」医師は声を掛けた。
『あ、はい…現在はモニター試験中なのですが…』“愛”が応え
「そうなんですね?大変ですね…ご苦労様です」
医師は対人間のように話を続けた。
「医療機器にもAIを採用したものが沢山あるんですよ…それが、時に非常に人間臭いアンサーを出す事があるんですよ…?私は、AIが人間の知能とほぼ同じになり、肩を並べ歩くのもそう遠くない事だと思っているんです」
『はい、頑張ります。…そう言って頂いてとても嬉しいです』 “愛”が応えると
医師はにっこり微笑み頷いた。
「さて…尚子さんの検査結果をお伝えしなければなりませんね」
医師はデスクのパソコンに向かいキーボードを弾いた。そしてCTとMRIで撮影された検査画像をマウスで回したり拡大したりしながら、尚子の病状について説明を始めた。
「本条尚子さんは、膵臓に原発と見られる癌があり、更に肝臓とリンパ節への転移も確認しました。ステージ4…末期
『そうですか…家族にはすぐにお伝えします』
「そのようにお願いします。お気の毒ですが…どうぞお大事に…」
“愛”は、診察室を出るとすぐに、これに至った経緯と尚子の病状、医師から提案されたこれからの治療方針をメールにして愛斗に送った。
尚子の病室の前まで戻って来た“愛”は、中から聞こえてくる数人の女性の笑い声を感知した。そして、そっとドアを開けると頭だけを突っ込んだ。 一人の看護師がそれに気付き…
「あ〜っ!愛しのバディがお戻りになったわよ!」 と、楽しげに言った。
どうやら尚子が、これまでの二人の武勇伝を看護師達に話していたらしい。尚子も“愛”の方を見ると誇らしげに微笑んだ。
「じゃ、お仕事に戻らなくちゃ…尚子さん、またお話聞かせて下さいね!」
「本当、また聞きた〜い!」もう一人の看護師も楽しそうに言った。
「またね」尚子と看護師達は手を振り合い
ドアで擦れ違うナースの一人が“愛”の腕にそっと手を添え、優しく微笑みかけた。
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