第16話 介護ロボット“愛”誕生

“愛”は尚子を一刻も早く病院に行かせる為に、介護ロボットの作製スピードを更にアップさせた。駆動モーターが熱を帯びるのを、保冷剤で冷やしながら…そこから湯気が立ち上る状態で作業は続いた。


 そして、一週間後…“愛”のボディーが完成を迎えようとしていた。窓の外には深々しんしんと雪が降り積もっている。


『尚子さん、いよいよ僕のボディーが完成です!一緒に見届けて下さい!』


「そう!ついに完成なのね!おめでとう、愛くん!」

 他の工作機械のメンテナンスと、掃除をしていた尚子は、作業台に横たわるボディーの前に走り寄った。


 ヒューン…プシュ

 モーターが高い音を立て、まだ頭部の無いボディーが、上半身をゆっくり起こすとコンプレッサーの圧縮空気が弁から排出された。


「動いた、動いたわ…凄い!」


『これで頭部をボディー装着すれば完成です!尚子さん、着けている右耳の機器をこの頭頂部の穴にセットして下さい』


 ロボットアームが頭部を運んできた。その頭部をボディーの前に差し出すと、尚子は耳の機器をロボットの頭頂部にある穴にセットした。そして、首を4カ所の油圧シリンダーに合わせるように位置決めし、電動ドライバーでネジ止めすると、最後の力を使い果たしたように両腕をだらりと下げた。 「愛くん…出来たわ」

 その時、ボディーの閉じられていた瞼がシュッと音を立てて開き、尚子の方を見上げ、口を動かし言葉を発した。

『尚子さん、初めまして…と、言うか…介護ロボット“愛”、完成です!有難うございます!』


 尚子の目から大粒の涙がこぼれた。

「愛くんの誕生日ね…おめでとう…」

 そう言うと、尚子は意識が遠のくように、膝からバランスを崩した。“愛”は、それを瞬時に察知し完成したばかりのボディーの腕で受け止めた。尚子の身体はすでに限界であった。


『尚子さん!しっかり!今、救急車を呼びましたから、頑張って!』


「愛くん…私…あの人の元に行くの…」うわ言のように尚子が呟く。


『嫌です!尚子さん!まだ生きて下さい!』

“愛”はすぐに尚子の身体をスキャンした。

 膵臓にあった黒い影は、その大きさを増し、更に肝臓の一部にまで新たな影が出来ていた。

『いけない!進行が速すぎる…』


 その時“愛”のシステムにアラートが入った。

 ■一般道、及び高速道、大雪の為救急車両通行不能

 ■ドクターヘリ、悪天候の為飛行不能

 静かに降っていた雪は、いつの間にか猛烈な吹雪となっていたのだ。

“愛”は顔を上げ、両腕で尚子を抱きかかえると、意を決したように力強く立ち上がった。

『尚子さん!行きますよ。頑張って!』


“愛”の 遠隔操作でロボットアームが毛布を運んで来て尚子に掛けた。


“愛”は尚子を抱えたまま、その毛布に優しく包むと玄関まで慎重に運んだ。 先回りさせたロボットアームが玄関の扉を開ける。猛吹雪が入り込み、置いてある尚子の靴をあっという間に白く埋めた。


 近年続いていた異常気象は、まだ晩秋にもかかわらず大雪を降らせていた。そしてこの日も、午後になって全国的に大荒れとなっていた。


『尚子さん、寒いですが、暫く辛抱して下さいね!』


“愛”は、膝上まで積もる雪と吹雪の中、尚子を抱え走り出した。 走りながら救急に連絡を試みるも、返事は同じ出動不能であった。 一番近くの病院でも、丘を降りて5kmの道のりがある。“愛”は雪道に足を取られながらも懸命に走った。


 丘を駆け下りる道は、想像を遥かに超える悪路だった。“愛”は踏ん張る足に、異常を感知していた。 尚子を早く病院に行かせる為にと、突貫で作り上げた“愛”のボディーは限界を超えていたのだ。丘を下り降りた所で、とうとその足は膝の関節付近で破断してしまった。バランスを失った“愛”は、尚子を抱えたまま転倒した。

 ガ…ガガガガ!

“愛”と尚子はアイスバーンになった路面を数メートル滑り止まった。

 転倒の瞬間、“愛”は尚子の頭と身体をガードし尚子は無事であった。


「愛くん…大丈夫?」 弱々しく尚子が言った。


『尚子さん、すみません…走れなくなってしまいました。でも、必ず病院まで運びますから!』


 雪の中“愛”は片足を使い這うように進んだ。吹雪は容赦なく“愛”と尚子に吹き荒れ、降り積もる雪で殆ど見えない状態にまでなっていった。


「愛くん…ごめんね…」雪が積もり真っ白になった顔で尚子が呟いた。


“愛”は動きを止めた。

『尚子さん、大丈夫ですから!』 と言い、降りしきる雪の空を見上げた。


 上空には、2つの星がまたたいている… いや、それは星ではなかった。その光はみるみる大きくなり、ジェットの気流で積もった雪を吹き飛ばしながら着地した。


 それは、ボディーがそれぞれ金と銀に輝く2体のロボットだった。そして、倒れている尚子と“愛”の前に片膝を着いた。“愛”が衛星回線を使い呼んだのだった。


『愛さん、その節はお世話になりました!おかげでこんな素晴らしいボディーが出来ました!…尚子様、初めまして!今から、私達が病院までお連れします』野太い声の金色のロボットが言った。


『私は愛くんを連れて行くわね!着いたら、その足、修理しましょうね』

 女性の声で銀色のロボットが言った。


『助かります!宜しくお願いします』

“愛”は立膝で尚子を金色のロボットに渡した。そして丁寧に受け取った金色のロボットは次の瞬間、“愛”の見送る前をジャンプし雪の空へ飛び立った。

『さ、私達も行きましょう!…私、あなたのファンなのよ?』と、口元に笑みを浮かべると、“愛”に肩を貸し、脇腹を抱え飛び立った。


『素晴らしい!あなた達が、これ程高性能なボディーを作っていたとは思ってもいませんでした!』


『うふふ、私達のご主人様、超超セレブなのよ…尚子様を運んだボディーはチタニューム合金製で金メッキ、私のは、プラチナメッキです。お顔は特殊シリコンで表情も作れますの』


『凄い…僕のは、廃品アルミ製』


“愛”と共に飛び立ったプラチナのロボットは瞬く間に加速し、10秒も経たない間に病院前にある救急搬入口付近に着地した。 病院の救急搬入口では、既に到着しメインストレッチャーに横たえられた尚子が、数人の看護師によって中に運び込まれようとしていた。


 それを見送った金色のロボットが、“愛”達に歩み寄ってきた。

『これで一安心ですね…緊急時ゆえ申し遅れましたが、私は西園寺氏モニタリングのAI、タケルと申します。ボディー製作の折には、お知恵を頂き真にありがとう御座いました』

 続けてプラチナのロボットが自己紹介をした。

『わたしは富田さんちで、モニタリングしてるマリっていいます。さ、その足修理しましょうね』

“愛”は片足でバランスを取り立った。関節付近で破断した足は、配線にぶら下がり揺れていた。 マリは破断した部分にそれを優しく宛てがい、自らの中指の先で溶接を始めた。

 火花を散らせながら 『廃品の空き缶で作ったのね…折れるのも無理ないわね』と呟いた。


『良質な材料を買う資金は無いもので…』“愛”が応えた。


『わたしが惚れた、あなたのロジックと技術力なのに…資金が無いというだけで、それを活かせないなんて、勿体ないわね』そう言うと、マリの顔は残念そうな表情を浮かべた。


『それを含めてのモニタリングです。仕方の無いことです』側で見ていたタケルが言った。


『そうね…さ、繋がったわよ!行きましょう、尚子様が心配でしょ?』


『はい!ありがとうございます。』

“愛”は断裂部分で少し寸足らずな溶接された足で立ち上がり、地面をトントンと踏みしめ具合を確かめると、わずかに歩きにくそうではあったが、マリ、タケルと共に救急処置室に向かった。


 3体はドアの前で女性看護師に全身をアルコール噴霧され、無菌帽を被せられた。“愛”達は、それぞれお互いの姿を見ながら肩を竦めた。

「一応規則ですので…」 女性看護師が言い、処置室に招き入れた。

 尚子は酸素マスクをし、点滴をされ静かに眠っている。容体は安定しているようだ。


「精密検査の為の入院手続きをお願いします」

 女性看護師が“愛”に書類を手渡すと

「政府の介護AIモニター被験者の方ですね…ご家族に連絡は?」と訊ねた。


『はい、家族にはリアルタイムで状態を送信しています。でも、基本的に緊急時の判断は、私、AIに一任されています』“愛”が応えた。


“愛”はペンを取ると同意事項をチェックし、活字のような文字でサインをした。


『それでは愛様、安心しましたので、私は失礼します』タケルが言うと

『それじゃ私も失礼します。何かあったらいつでも連絡してね!』とマリも言った。


『落ち着いたら、連絡します。とても助かりました。本当にありがとうございました!』

 

“愛”は去っていくタケルとマリを見送った。

その後、尚子と“愛”は病室に移動した。


“愛”はベッドの傍らの椅子に腰を掛け、眠り続ける尚子をじっと見詰め続けた…まるでその寝息に耳を傾けるように…その日が終わり、次の日の朝が来るまで。 窓の外は、雪が振り続いていた。

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