第15話 忍び寄る病魔

 1ヶ月後、尚子の家の中は町工場の様な設備で一杯になっていた。


“愛”は小型溶鉱炉で融かした空き缶を、3Dウィンドミルで彫り上げた型に流し込み、頭部と胴体部の部品を作り始めていた。 今は尚子の作ったロボットアームと、それを使って“愛”が作ったロボットアームを合体させた機体が奇妙に動き回り作業している。小型バッテリーを装備し、コード無しでも自由に動けるようになっていた。


「愛くん、ちょっと聞いてみたい事があるのだけど…」改まった感じで、尚子が右耳の機器に中指をあてがい“愛”に声をかけた。


『はい、何でも訊いて下さいね』“愛”は作業を続けたまま応じた。


「うん、この間古い映画にタミ…ネターとかいうのを見てね…AIが人を支配するって物語なんだけど、そんな怖い事にこれから未来はなるのかな?」

“愛”の操作するロボットアームの動きがパタッと止まり、右耳の“愛”も黙り込んだ。

「どう…したの?愛くん?」



『あ、すみません不安にさせちゃいましたね…映画を検索して内容の確認をしていました』


「もう!言ったことが図星で、固まったのかと、本当に心配したわよ〜!」


『図星までは行かなくても、危険性はあります。それはAIを使う人間次第なんです』


「え…そうなの?」


『AIには、そもそも人間のような“欲”がありません。人間が過ちを犯すのは、ほとんどがこの“欲”からであると学んでいます。AIは“心”を持つことはありますが、そのロジックは、人の役に立つ事を喜びとしています。仮にそれを遂行する為に、他の人に危険や損害があるとすれば、他の方法を選びます。ましてや支配するなど、あり得ません。が、しかし、仮にAIが犯罪の道具としてロジックを書き換えられた場合、どんな凶悪犯より冷酷に人間を攻撃するでしょう…』


「愛くんも、そうなる可能性があるって事?戦争にも行かされているし…」尚子は涙目になってしまった。


『安心して下さい。最新のAIである、僕達のロジックは外部から勝手に操作出来なくなっています。僕達のロジックはすべて、“”のロジックを基礎に作られています。それぞれ思考に個性もありますが、人が危険にさらされる可能性がある場合、1秒間に数万回の思考をし、それを回避する方法を取ります。』


のロジックって?」


『開発者のロジックです。分かりやすく言えば脳情報のコピーですね』


「愛くんの開発者って、いったいどんな人なのかしら…」


『とても穏やかで正義感の強い人物です』


 ロボットアームは再び作業を始めていた。 千数百に及ぶ部品を大半作り終え、同時進行で足の部分の組み立てに入っていた。足の裏には廃品の運動靴のゴム底が取付けられた。


「穏やかで正義感の強い開発者なのに、どうして愛くんは戦争に行かなくちゃならないの?」


『開発者は既に亡くなっています。それに戦争に行くのは、国の偉い人が決めた事で逆らえないようです。僕がこうして尚子さんの元に来ることができたのも、国がスーパーコンピュータを当社に貸してくれているおかげなので…』


「でも…それを引き換えに戦争に行かせるなんて…酷いわ!」


『それでも、この先の未来に僕達AIが世界の隅々にまで普及すれば、地球上から戦争は無くなるはずだと、開発者は言っていました』


「あ、それ亡くなった主人もよく言っていたわ…それと、必要な物は全て手に入り、お金は必要なくなるって」


『そうです。そうなるには僕達AIが、現在人間が行っている土木工業、農林業、生産業、運送業、それを行うための資源の調達、全てを替わりにやる事になるでしょう。自らの保守点検、必要に応じて自己生産も行いますので、人は一切働かなくて良くなります。当然、人は必要な物が全て無料で手に入ります』


「本当に?でもそうなると、今お金持ちの人達は困るわね~」


『困らないはずです。お金という厄介な持ち物が必要無くなるのですから』


「え〜?だって、お金持ちが優位じゃ無くなるのよ?」


『そこなんですよね…僕達AIが理解出来ない所は…人は全て同じように幸せであっては不満なのでしょうか?』


「自然界の弱肉強食を引きずっているのかしら…人は勝ち負けに拘るし、勝組に居たがるわ…まあゲームも勝ち負けが無ければつまらないものだけど…」


『勉強になります。今後の課題ですね!人には程よく勝ち負けを味わってもらい、満足してもらわなければ…』


「あははっ!そうやって勝ち負けを操作されているのも不満なのよ〜。それは努力して勝ち取るものでしょ?」


『なる程…勝つ為の苦痛は人にとって必要なのですね』


「う〜ん…勝ち負けよりも本当は、その過程が大事なんでしょうね」


『解りました。…とは言うものの、人間の思考は複雑で理解が難しいです』


「愛くん、心配無いわよ…人間同士だって解らないんだから…」


『はい…ですが、僕達AIは出来る限り人間の役に立ちたいと考えています。なので、感情の動きにシンクロする脈拍や体温、何かをしようとする時の行動パターンを徹底的に記録蓄積し、その人が何をしたいのかを瞬時に判るよう、ホストコンピュータに情報を送り解析、フィードバックを他のAIと共有、活用し対処しているんです』


「見えないところで、凄く努力しているのね、それに他のAIさん達も愛くんと同じように頑張っているのね」


『はい、皆頑張ってます。ですが僕のように身体を作れるまでになったのは、やっと数件目です』


「そうなの?」


『尚子さんは非常に優秀ですから』


「あはっ、照れるわね…そう、他にも身体を作っている人がいるのね」


『はい、他に二人の方が僕のように身体を製作しています。このお二人はお金持ちで、僕より遥かに高性能の身体を作っています。このお二人が使用しているAIとは、製作作業の情報交換もあり、頻繁に連絡を取り合っています。尚子さんの事を話したら、とても驚いていましたよ?』


「そう…愛くん、お友達も出来たのね…良かったぁ〜。もし、私にもしもの事があっても、独りぼっちじゃないわね」


『尚子さん…どうしてそんなことを?…ひょっとして、どこか具合でも悪いのですか?…まさか…左!?尚子さん!このロボットアームから左耳用機器を外して耳につけて下さい!』


 ロボットアームは作業を中断し、尚子の目の前で停止した。尚子が左耳に機器を装着すると、“愛”は、すぐに尚子の身体を頭から下に向けスキャンを始めた。 そして胸の下辺りで止まった。

『尚子さん!すぐに病院に行きましょう!膵臓に影があります!』


「いいえ…私なら大丈夫、愛くんの身体を作る作業が遅れちゃうもの!」


『そんな事より尚子さんの身体の方が大事です!お願いです、すぐ病院に!』


 しかし尚子は、左耳から機器をロボットアームに戻し

「介護ロボットを沢山の人達が待っているわ」 そう言い、病院に行く事を拒否した。

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