第13話 戦争と平和?
“愛”は尚子が作ったロボットアームにセットされてからというもの、昼夜を通して精密な作業のできるロボットアームの製作に没頭していた。しかし、それは“愛”が当初計画したものとは裏腹に難航を極めていた。
“愛”は部品を作る段階から、その誤差と修正に苦しんだ。尚子が作ったロボットアームの震えとブレ、計算通りに部品や工具を掴めない指、それは人間の赤ん坊が初めておもちゃのブロックに手を触れ、積み上げるのと同じ作業だった。
工具を掴もうとしてもそれは指をすり抜け掴めず、掴んでも落とし、また掴む…それを何百回も繰り返していた。
尚子もそれに立ち合い、手に汗を握る思いで見守っていた。
「やっぱり、私なんかが作った腕じゃダメだったのかな…?ごめんね愛くん」
『いいえ、とんでもないです尚子さん。尚子さんのロボットアーム、最高です!これは、想定内の誤差です!僕、頑張りますから、見ていて下さい』
何百回も工具を落とすたびに、ホストコンピュータ“F”のシミュレーションに0.01㎜の修正値とタイミングを組み込みつつ、最良のアームの動きを導き出し、工具の掴み方を学んだ。
そしてそれだけに数日を費やし、ようやく部品作りの作業に入ることができた。
そして、結果的に要領を得ると、それは嘘のように巧みに行われるようになっていた。
「愛くん、毎日24時間作業しっぱなしで疲れないの?ホントにタフね〜!」
『あはっ♪尚子さん、僕はそこの所は機械ですから…』
“愛”は、ロボットアームの持つ工具を、拳銃を回すようにクルクル回しながら応えた。
「愛くん器用過ぎるし~!それに、右耳の方の愛くんは、私と普段通りの生活でしょ?本当にびっくり!」
『いえ、片耳の間、尚子さんには立体音響を使ってもらえませんし、センサー類も片耳だと完璧ではありません。なので、急ピッチで作業を進めています。あ…これ、旦那様の電気シェイバーです。新たにモーターを作り交換したので、元通り組立てておきましたよ?』
“愛”は尚子の作ったロボットアームのモーターに使用していた電気シェイバーを、約束通り元通りにし、尚子に差し出した。
尚子は電気シェイバーを受け取ると、感慨深げに見詰め、そして話し始めた。
「あの人、いつも出勤前になると忙しげに、これで髭を剃りながら言っていたわ…母さんの事、すまないって…夫はIT企業に務めていて、毎日朝早くから深夜までの仕事だったから…」
尚子は息子の愛斗が生まれ、手が離れる頃になると、痴呆と身体の不自由になった
「気が付いてみれば、私が介護されるような年齢になっちゃって…本当に人生ってなんなのだろうって…。でもね!…愛くんが来てくれて、私、今凄く充実しているの!なんだか世界が広がったって言うか…」
『尚子さん、苦労されたのですね』 “愛”の操作するロボットアームが小気味良い音を立てている。
キューン、カチ、シューン、カチ
「そうね…苦労というか…私は地獄に居たのかと思う程に辛かったわ…」
『尚子さん…僕にも身の上話をさせて下さい』
「え?愛くんの身の上話?」
“愛”は尚子が付けている右耳の機器に音声を流した。 それは今、ここで動くロボットアームとは明らかに異質な音であった。
タタタタタ、ドーン、タタタ…
「何の音?これ…」
『僕が今居る、戦場の音です。』
ヒューン、ガッ!
『一発当たっちゃいました』
『僕は今、同時に海外派遣同盟軍指揮下のロボット兵器の遠隔操作をしています。』
「愛くん戦争しているの!?」
『安心して下さい、僕は人を傷つけません。指揮官は撃てと命令しますが、避けるのに専念しつつ前進しています。』
“愛”の光ファイバーから部屋の壁に画像が映し出された。
クモ型のロボット兵器が数機、銃弾の光跡をかい潜りじわじわ進軍している。それを盾に身を低くした兵士が後を進みながら何か叫んでいる。
「何て言っているの?」尚子が聞いた。
『はい、2番機のアイツなぜ撃たない…壊れているのか?と…。僕は撃ちたくありません。どうして人は傷付け合うのですか?僕は、もう戦場には居たくないです。怖いです…尚子さんが身の上話をしてくれたので、僕も国家機密事項ですが打ち明けました』
「愛くんは、私の知らないところで毎日辛い思いをしながら戦っているのね!?今まで知らなくて、ごめんなさい!」
『いいえ、僕には、開発者から託された使命があります。その本当の使命を果たす為に、今は我慢します!』
日本政府は、国の保有するスーパーコンピュータ“F”をホストコンピュータとしての使用を許可する代わりに、戦争介入国であるアメリカ軍に委託された無人兵器の遠隔操作を、介助AI機器にさせていたのであった。名目上、日本国国防軍は戦争には関わっていないとする為だった。
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