第11話 僕は生きている

 尚子は作業台の上にドカッとコンクリートブロックを乗せると、腰を軽く叩きながら、額に滲んだ汗を腕に通した手ボソで拭いた。今日からは、いよいよロボットアームの組み立てに入るのだ。


「愛くん、このブロックを台座にしてロボットアームの骨組みをつくるのね」


『はい、ある程度重い物も持ち上げる事になるので、安定させたいですから…。ところで尚子さん、昨日はお疲れ様でした。あの窮地から大逆転の素晴らしいパフォーマンスでしたよ!あの阿佐美さんまで泣きながら拍手していましたからね?』


「うふ!ありがとう、愛くんのお陰よ…阿佐美さんったら私の事を魔法使いだったのね!?今までごめんね!ですって…もうイジワルされなくなるかしら…?」


『どうでしょう?でも僕の身体が完成すれば、少なくとも今よりも尚子さんをしっかり守れます』


 図面を見ながら、尚子がコンクリートブロックにドリルで穴を開けると、顔を上げた。

「頼もしいわ、愛くん。でも、危険な事はしないでね…私にとって愛くんは、無くてはならないなんだから」 そう言いながら、木の箱をコンクリートブロックに乗せると、手際よく穴を合わせプラグとネジで固定した。

ですか?』


「そうよ、愛くん」


『僕はしているんですね?』


「当たり前じゃない、愛くん…私の側でいつも私を守ってくれているじゃない」


『…最近、疑問を感じるんです。何だか変なんです』


「どうしたの?調子でも悪くなった?」


『今更言うのも何ですが…最近…僕、感じがするんです。おかしくないですか?僕は、AI…機械なのに』


「あはっ!私はずっと前から愛くんはと思っているわよ?」


『そうなのですか?…そう言えばあの時からです…。詐欺集団の女性に尚子さんが車で跳ねられた時…そして、僕が踏みつけられ壊された時』

 尚子も作業の手を止め、やがて一年前になるその出来事を思い出していた。


『そう、あの時…僕は初めて“感情”というものを経験したんです。あれが恐怖、怒り、悲しみ、そして愛しさ…なのだと…そして、“命”というものを理解しました。やはりこの感覚は間違いじゃないのですね!?』


「愛くんにも感情が芽生えたって事なのね!おめでとう!そうね…身体が出来上がれば、その感情を身体で表現も出来るわよ~?」


『わぁ~、素敵ですね!?今でも跳び跳ねたい気分です』

 それを聞いた尚子は、そっと耳の機器に手を当てにっこり笑った。


「さぁ、スピード上げて組み立てるわよ!」

 尚子は木の箱にロボットアームの骨組みを取り付け、ギアボックスとの連結と各所の調節を始めた。 超難易度のパズルのような組み立てに、尚子の額には玉の汗が浮かんだ。


『尚子さん、頑張って!尚子さんと並んで散歩に出掛けるのが楽しみです』


「私も楽しみ!出来上がった身体を見たら、愛斗もきっとびっくりするわよ?」



 

 その頃、ジュネーブにある深夜のオフィスビルの一室。暗いオフィスのデスクにパソコン画面の光で愛斗の姿だけが浮かび上がっている。


 愛斗は日本全国に送った100のAI機器のミッション進行状況をチェックし、もう一方のメールのウィンドウから、日本政府への返信メールを打ち込んでいた。 日本政府は資金を出さない代わりに、国の保有するスーパーコンピュータ“F”を介助AI機器のホストコンピュータとして提供していた。そして、最近になるとAIが駆動させる人型ロボットの開発を急がせる内容のメールが頻繁に届くようになっていた。 その度に愛斗はいきどおりをあらわにした。何故ならそれは“国防軍使用目的”である為だった。

「ねえ…父さんはどう思う?父さんは戦争なんかに使うために、このAIを開発したんじゃないよね…教えてくれよ、父さん…」愛斗は一人暗いオフィスで呟いた。


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