第9話 断片(ピース)

「アルミ缶…スチール缶…輪ゴム、割り箸…板切れ、コンクリートブロック?」

 尚子が、“愛”の身体を作る為の材料を集めている。“愛”が印刷したリストには、様々な材料が記されている。


「本当にこんなガラクタで、愛くんの腕が出来るの?」


『もちろん出来ますよ…尚子さん、頑張って』


「小学生の頃の工作みたい?」


『骨組み部分はそうですね…でも、制御部分は、高校生レベルですよ。ハンダ付けの経験があるなら、大丈夫です。洗面所に亡くなった旦那様のシェイバーがありましたよね…駆動部に使えそうです』


「え〜、あの人の形見なのに?」


『心配無いです、後で元通り直しますから』


『後、工具はどんな物がありますか?』


「あの人の使っていた、ドリルやら、電動ノコギリ位ならあるわ」


『十分です、後で見せてください。規格を合わせます』


 “愛”は、倉庫に眠っていたドリルやノコギリの刃のサイズ、ネジの一本まで考慮し、設計を進めた。


「よいしょ、っと!これで、リストの材料、全部揃えたわよ」


 尚子は、額の汗を首に掛けたタオルで拭いながら息をついた。


『お疲れ様です!僕の方の設計図も出来上がりましたよ…プリントアウトしますね』


 尚子は、プリンターから出てきた設計図を繋ぎ合わせて壁に貼った。


「うわぁ…」 尚子は絶句した。


『1日2時間の作業で1年の計画です』


「1年がかり…?」


『はい、頑張り次第ですが、無理はいけませんから…。ほとんどを部品作りに費やす事になります。組み上げは残りの1週間程度の計画です』


「気の長い話ね〜心配になってきちゃつた…」


『大丈夫です、きっとやれますよ!これが完成すれば、僕がこの腕を使って、更に精度の高い腕を作ります。その腕で全身を作って行く事になります』


「なんだか、とてつもないプロジェクトに参加しちゃったみたいね」


 段ボール箱5つに入れられた材料は、まるで引っ越しの荷物のように、尚子の夫が生前使っていた部屋に運び込まれた。 2階の6畳部屋、ここが“愛”の腕の作製工場となった。


 “愛”は、ロボットアームの作製時間を早朝5時〜7時に、と提案した。 作業の延長により尚子の睡眠時間が削られるのを怖れた為である。尚子は夢中になると、時間の経過を忘れてしまう。その事を“愛”は十分解っていた。


 尚子はそれに従い、4時半に起床すると、軽くシャワーを浴び、歯を磨き、生前夫が愛用していたツナギの作業服を両腕の袖、両足の裾を折り上げて着た。


「さあ、やるわよ~!」


『尚子さん気合入っていますね。でも、とても地味な作業になりますよ?』


「任せて!頑張るわ」


『では、まず用意してもらった空き缶を切り開いて、平らな金属板にしましょう』


 尚子は、金切りバサミを使い、缶を切り始めた。作る金属板は50枚、それに部品の型紙を貼り、上からカッターナイフで線を刻む…その線に沿って切る。大小様々な歯車の形である。


『できるだけ正確に…線の外回りをなるだけ正確にお願いします。切り辛い部分は、ドライバーの先を使って、ハンマーで叩いて切りましょう。ケガをしないよう気を付けて…』


「愛くん…キツイわぁ〜これ」

 

『ね…地味でしょ?無理しないでコツコツやっていきましょう。今作っている歯車が、動力を伝え、腕や指を動かします。カラクリ人形のイメージです』


「なるほどね〜、長い道のりだけど、完成が楽しみだわね」


 一つ一つの歯車の形をくり抜き、数枚重ねて、ヤスリで形を整えてゆく。それは気の遠くなるような作業だった。






 月日は流れ、尚子が“愛”のロボットアームの部品を作り始めてから半年余り、それは“愛”が計画した予定より、遥かに早く進んでいた。


『尚子さんの手先の器用さには、本当に脱帽です…まだ身体は無いので、帽子は被れませんが…』


「あはは、でしょ?早く愛くんが帽子を被れるように頑張っているのよ?」


『帽子、是非被ってみたいものです。どんな感じなんでしょう…凄く楽しみです!』


 今までに作られた数百種に及ぶ部品が、番号の書かれた小箱に収められ、作業台にしているテーブルの端に整然と置かれている。


 尚子は壊れたテレビや古いトランジスタラジオの基盤から、はんだごてを使い丁寧に抜き取った部品を新たに作った基盤に図面通り配置し、はんだ付けしていった。制御基板の作製である。


「早く組み立てたいわ〜、どんなふうに動くのかしら」と、部品を眺め呟くと


『はい、とても待ち遠しいです。きっと、尚子さんらしく動くでしょうね。だって尚子さんが産み出すのですから…』 と、“愛”が答えた。


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