第7話 愛しき人

 尚子は退院以来、初めて外出をした。

 小高い丘の上にある夫の眠る墓へ、である。


 “愛”も一緒だ。

 もちろん、あの時愛斗あいとが置いていった新しいAI機器への移動も済み、元通り尚子の左右の耳に収まっていた…見た目はBluetoothブルートゥースイヤホンである。


 丘の上は初冬の濃い霧に包まれていた。


 なだらかな斜面の小道の脇に、整然と並んだ墓標。 その一つの前に立ち、尚子は手を合わせた。


「あなたが逝ってしまって、もう10年になるのね…」


「やっぱり、私にはあなたが一番だったわ」


「本当に…」


 少し淋しげな笑みを墓標に向けると、上に乗った枯れ葉を一つずつ摘んで取った。


「何もかもが懐かしいわね」


「会いたい…」


 その時、人の気配を感じた尚子は霧に包まれた小道の先に目を凝らした。


 揺らめくように近づく人影…

 霧にぼやけてはいるが、そこにはまさしく死んだはずの尚子の夫がいた。


「あ…あなた…?」


『すみません、亡くなった旦那様の写真をホログラム動画に加工したんです』


「愛くん…が作ったの…?」


『はい…尚子さん思いを叶えたくて…』


 “愛”のファイバースコープの目から照射されたレーザー光線が、霧の中にあたかもそこに居るように、愛しげに尚子を見詰める夫の姿を映し出していた。その顔はみるみる若返り、隣には若い頃の尚子の姿も映し出された。


 それは尚子が初めて夫とデートをした時の情景だった。


 霧の中に映し出された二人は、顔を見合わせ、腕を組み嬉しそうに話しながら、朝日に白みゆく霧の彼方へ消えて行った。


「この後、出来たばかりのユニバに行ったのよ…最初のデート、楽しかったわ」


 尚子は暫くの間、涙に濡れた顔のまま、二人の消えて行った方をじっと見詰めていた。


「やだわ、もう、年取ると涙腺ゆるくなっちゃって……ありがとう、愛くん…とっても素敵だった…最高のプレゼントだったわ」


『喜んでもらえましたか?なら、僕も嬉しいです』


(でも、どうして愛くん、あの日のデートの事知っているのかしら…偶然ね、きっと)

 尚子は手の甲で頬の涙を拭うと、墓標に向き直り、花を供え

「じゃ、またね…あなた」と

 少女のような微笑みを浮かべた。


 朝日が霧の中に一層眩しく輝き始めた。

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