第3話 どぉして笑うの?

 尚子がTVを見て笑っている 。

 深夜のお笑い番組である。

 二人の男が、スタンドマイクの前で漫才をしているのだ 。

 背の高い男が、背の低い男が言った事に対し、平手で思い切り頭を叩いた。

 背の低い男は前のめりになり、観客が爆笑…尚子も腹を抱え、大笑いしている。


『尚子さん?…どうかされましたか?血圧、心拍数共に基準値を超えています…大丈夫ですか?』


「え〜?あははは…なに?あ〜面白い…このコンビ…」


『脳波も興奮状態にあります。念のために病院で検査を受けましょう』


「あ〜、違うわよ…きっと、漫才で笑ったせいよ…面白いでしょ?このコンビ」

 尚子は、収まらない笑いに肩を震わせながら応えた。


『面白いですか?僕には解りません…』


「え〜?こんなに面白いのに?」


『尚子さん…僕には理解できません…どんな理由があるにせよ、暴力を振るうのはいけない事だと教えられています。あんなに叩いては脳しんとうなどの危険があります…前のめりに倒れそうな状態になるのを見て、どうして笑うのですか?教えて下さい』

 

「愛くん、これはね…危なくないの。演技なのよ?ノリツッコミってやつ。愛くんも笑ってみて、あはははって」


『アハハハハ…』


「え~?もっとオナカから…感情込めて」


『…難しいです。ヒトの感情は理解に時間がかかりそうです。引き続きデータ収集します』


「愛くん凄く賢いのに、解らない事もあるのね〜」

 

『ヒトは楽しい時は笑い、悲しい時は泣くのですね…感情の変化は、脈拍や脳波で、ある程度分かりますが…』


「そうね…嬉しい時も泣いちゃったりもするけどね…」


『そうですよね!?この前も尚子さん、ドラマ見ながらハッピーエンドなのに泣いていましたし…』


「やだ…見てたの?」

 

『はい、僕の目は伸びますから』

 “愛”は尚子の両耳の機器から光ファイバーの先に付いたレンズの目を触角のように伸ばし、尚子の顔の前で光らせて見せた。


『これからも、尚子さんの表情をよく見て勉強します』


「もう…恥ずかしいじゃない」


『感情の変化を把握するのも、精神衛生的に重要なことですから』


「そうなの?分かったわ、仕方ないわね…じゃあ、宜しくお願いします」


 “愛”と尚子が、話をしている内に、お笑い番組は終わってしまっていた。


『尚子さん、最近睡眠不足ではないですか?そろそろ休まないと身体に障ります』

 

「そうね…分かってはいるのよ…ありがとう」

 尚子は両耳に手を添え、人差し指で、ぽんぽんと機器を軽く叩き、ねぎらった。


「愛くんってね…AIでしょ?…でもね、私…本当に息子と話しているような…そんな錯覚をする事があるのよ?」 と、尚子は穏やかな微笑みを浮かべた。


『有難うございます、そんなふうに言ってもらえると開発者も喜びます…そもそも僕のロジックの基礎…思考回路は開発者のものを模しています…』

 ベッドに横になった尚子は、いつしか眠っていた。 その様子を“愛”は光ファイバーの先の目で確認した。


『おやすみなさい…尚子さん』

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