そこに何がいるか分からない
小道けいな
証言など
通学路であるその道には何かあるらしい。
その噂を聞きつけ、私は調査を開始した。
姿があるというわけではなく、音だけが語っているのだ。
調査方法としては、現在通学路として使っている子どもたち、および、かつて使っていただろう人たちや近隣に住む大人に質問する形だ。
結果、聞いているのは十八歳くらいまで。
それ以上になると音を聞いていない。実際、子どもたちが不安がるということで、教師や親きょうだいが調査はしたという。
しかし、何もなかった。
モスキート音のように年齢が上がると聞こえなくなるのはなぜだろうか?
その何かが年齢を選ぶのだろうか?
調査中、かつて聞いたことがあるという二十代の人物はいた。音は些細なことして忘れ去られていた。それでも、話せば思い出す、あくまで昔話だ。
なお、私も何度も通ったが聞いていない。子どもたちが音を聞くという時間帯も通ったが現在の所聞いていない。
道自体は何も変哲もない、住宅街の道だ。
道幅は狭く、二台の乗用車はすれ違うのが難しい。それでも、どちら方向でも通ることができる。
さすがに、狭いため、事故がゼロではない。
小中学校の通学路となっているので、時間帯によっては一方通行で固定される。
道の両側は住宅で、昔ながらのブロック塀や生け垣がある。ブロック塀は現代の建築基準を充たしたものとなっている。
道は真っ直ぐ五百メートルほどあるが、途中で他の道が交わる十字字路が二カ所ある。問題があるのは十字路と十字路に挟まれた区画だ。
殺人事件があったり、事故が多発すると言うこともない。伝説とか古い話も特になかった。再度調査がいるのだろう。
ひとまず、証言をまとめていく。
証言1 高校生一年、女子
音をきいたよ、何度か。
特に気にならないからあたしは通るけど。
うーん? コトコトって感じ? 違うかな……コォトンコォトン?
家もあるし、そこから聞こえているのかなって。あー、下水かもってちょっと思った。道路の下にはあるよね?
ついてくる感じはする、確かに。
時々聞こえるだけだし、気のせいかなって。あ、違うか。
それはそれで怖いかも?
だって、カッパとかでてくるかもしれないし。
……
証言5 高校生二年、男子
音? 聞こえるっすよ。
いつもは聞こえるわけじゃないっすね。うーん、通行人が誰もいない時……すね。
あとは雨が降ってないとき?
角から来て、あの道を歩き出すと、チョトチョト……? という感じで聞こえるんすよ。
言いづらい音……すね?
……
証言17 小学生二年、女子
うん、きこえるよ。
だから、あまりとおらないの。
だって、こわいもん。
でも、つうがくろだから、とおらないといけないって先生も、ママもいうんだよ。
なんかついてくるよ、ていったけど、いないからあんしんしなさいっていうんだ。
あたしがとおるとね、ワワワワワっていうんだよ。
こう、おどるような音なの。
一どね、ちらりと見たんだ。
でもね、なんにもいなかったんだよ。
ほっとしたけどね、こわかったんだよ。
……
証言20 小学生五年、男子
あの道の音は別の世界のあやしい生き物がいるからっていうやつがいるんだ。
そんなものいるわけないじゃないか。
あそこからはなれてどこにいかないっておかしいじゃん!
あそこにいるってことは、じばくれいなんだよ!
夜じゃないけど出るのは、力があるんだよな!
でも、人間に手を出さないのは、じばくれいは生きている人間に勝てないんだよ。
パワーがちがうんだって。
ぼくも音は聞いてるよ。一人の時、クオゥンクオゥンって音がついてくるんだ。
あの部分だけ。
さけたいけど、通学路だから……仕方がないよね。
じばくれいに負けないぞ!
……
証言25 中学生一年、女子
音、聞いたことある。
通学路から外れて歩きたいけど、仕方がないから。
分からないけど、結構、みんな聞いているはずだよ。
足音を聞いたら絶対に振り返ってはいけないって話だよ。
足音だと、それは本当に危険なものがいるんだって。
わたしは、まだ聞いたことないよ。もし、聞いたなら、お姉さんにこんな話してないよ。
できる限り、誰かと一緒に通るようにしてる。そうすれば安全だし。
もし、一人だったら、息を止めて走って抜ける。
荷物が重くても頑張って抜ける。
……聞きたくないよ……気持ち悪いもん。
親も先生も誰も信じないよ?
でも、あの先生は、不思議そうな顔してた。ここ通る子たちが音のことをよく言うって。変質者じゃないかって。
先生たちがパトロールをしたこともあるらしいよ。結局、分からなかったって。
聞いた音? うーん……コトンコトンだったかなぁ……。
……
証言36 中学生二年 男子
知ってるよ。音はしているんだけど、姿は見えない。何か分からないんだ。
でも、何かはいるんだ。だから、お姉さんは調べているんだよね?
大人は見えないし、聞こえないんだって。
キンキ? あ、えと、やったらいけないこととか? 特にないはずだよ? でも、何かあるのかな……?
噂はしているし、大人でも知っているし。
年が離れた兄弟がいる人は「懐かしいなぁ」だって。あのときは聞こえたのに、音は聞こえないって。
あれかな、ネバーランドとか、あるのかな?
足音ではないよ、音だよ。
僕が聞いた音は、ケットケット……かなぁ。発音しづらい音かも?
僕、鳥の鳴き声、何でもピヨピヨって言っちゃうし。
……
証言47 大学三回生、男
あー、あの音?
気づいたら忘れるようになるんですよねぇ。
いやー、自分は工学に進んで……あ、話がそれてしまった。先生が話の聞き上手だからですよ。
え? 先生じゃない……院生ですか。なるほど。
あ、えと? あの道で聞こえる音でしたね。
自分は中学から地元じゃなかったんで、小学校の六年までだったんですが聞いてます。
気持ち悪いですし、実際、何かはあったみたいです。その、あったみたい、が噂の範疇なんですよ。
自分が聞いた音は、ヌオンヌオンだったかなぁ。
変だし……固い音じゃなかったですね。
何時からしているんだろう……?
でも、ここ、住宅地としては新しい方っても自分たちが生まれたときにはあったし。
代々住んでいる人がいないから、片っ端から聞いているんですよね。
……大変ですね。え、お互い様? あはは、機械とかだめならそうですね。
禁忌?
うーん? 禁忌よりこれが聞こえたらヤバイってのはあったかな。
それがどうしたら聞こえるかはわからないんだけど。そっちが重要ですよね?
足音だと認識できるものが聞こえるとヤバイって。
どうヤバイかわからないんですけど……そもそも、何かあったらそれを語れる人がいないのでは、と気づくのが大学生ってことで。
足音が聞こえたらヤバイ……だけなんですよね。それこそ、時間帯は絞られてないし。朝でも夜でも一人の時。ランドセルが目印とかでもないですしね、中高がいるから。
……あっ! そういえば、オカルト好きな同級生がいたんだ。
まだこのあたりに住んでいるかわからないけど。
えっと……そこの角を曲がったところにある個人商店……はつぶれているけど住宅兼業の建物ががあるのでわかると思う。そこをまっすぐいって……何軒目かの……名前は……。
……
証言48 オカルト少女だった大学生二回生
え? あの道の音?
懐かしい!
いや、あれはいろいろ言われてましたよ。
あたし、心霊現象とか怪談とか好きで。今? 心理学の方に進みました。
進路迷っちゃって、勉強がうまくできずに一浪しました。あはっ、それでも受かったのが三流大学って笑っちゃいますよね?
え? 勉強したいことするほうがいいって? うわー、それは……そういってくれると嬉しいや。
話しちゃいますよ! あ、あがってください。お茶くらい出せます。
最近そういう話してなくて、こう、むずむずするんです。
心理学? 超心理学だったら! とか考えますが、それはそれですよね。
経済学部とかにした方がよかったのかなとか思ったり、結局、大学受かったら受かったで悩むんですよ。
えっと、あの道についてですよね?
たぶん、調べたと思いますが、事件事故があそこであったというのはないんですよ。郷土資料で調べても、伝説とか古い物語とか、音に直結しそうなのがないんですよ。
まあ、土地柄というのはあるぽいんです。
宅地になる前は、田んぼでした。田んぼだけでなく、沼があったり、近くの川……離れて見えますが、高さの影響で水が出る所だったんです。川の氾濫が昭和の後半まであったんです。
治水の技術の向上で、後半になると床下浸水とかですけどね。
その前はかなり大変だったみたいです。田畑は流され、家も流される……。
人身御供を出すというのがあるんですよね、江戸時代やその前になると。
生贄で川や水の神様を癒やそうとするとかいうあれですね。
そういう流れを考えると、このあたりも埋められている人がいるんじゃないかって……調べると考えたくなる。
実際、古い白骨死体は出てきたと聞いています。昔、寺があったっていう話があるところなので、墓地があったのかもしれません。だから違うかも?
それは、地図あるんですね……この辺です。えっと、資料名は……図書館の郷土資料のところあさり直してください。
関東大震災や空襲でもこのあたり焼けてます。田畑しかないようでしたけど、都心も近くてなんからかで燃えてみるみたいです。
足音が聞こえるのと関係は? 戦争の名残と考えると、掃射から逃げる人の音かもしれないとか? だから足音を聞くと死ぬんですよ。
え? 死ぬなんて聞いていない?
そうですか。
……あー、でも、戦争なら、マシンガンのような音の方がわかりやすいのかな……?
音が聞こえるのも結局何かわからないんですよ。
噂と推測だけ。
それこそ、心霊現象を調べる機械とか置いてみないと?
もし、大掛かりなことするなら手伝いますよ。
何度目かの歩行
一人で歩くとき、やはり身構える。音はあくまで十代までしか聞こえないとしても、誰もいない通りは物理的に嫌な時がある。
通りは真っ直ぐだ。東から西に伸びる。
季節によって日の高さも違うし、長さも違う。
通る人の時間は結構同じ頃だろう。学校も真っ直ぐ帰るならば四時なら四時だ。だから、同じ四時でも暗い時期もあれば、明るい時期もある。朝も同じだ。
だからこそ、何か聞こえると考えるのだろうか?
今日は逢魔が時という雰囲気がする光源の時間。
誰も歩いていない。通りに沿ってある家々は静かだ。女性が家にいることが当たり前だったころは、夕飯の支度をする音や子どもが騒ぐ声が聞こえていたかもしれない。
現代では、帰ってくる親子などが通り出す時間の少し前。
時代が変わった。
でも、通学路で聞く音については、変わらないのか。
私にとっての通学路ではないため、わからない。
聞こえるようになったのは、最近か? そういえば、私は誰かから聞いた記憶がある?
誰だったっけ?
たまたまここの話を聞いて興味を持って調べただけだ。
なんで、興味を持ったのだっけ? 学校で聞いたのを思い出したんだよね……?
いつ、聞いたんだっけ? 小学校のとき? 大学で?
私は不意に混乱する。
「なんで、私は、ここで?」
私は呆然として、該当する区画の真ん中当たりで足を止めた。
一ヶ月調査をしていた。
それは事実だし、家から徒歩で通っていた。
ふと、カツカツという音を背後で聞いた。聞いたというより、音が続いていることに気づいた。
どこかの家から聞こえるのだろうか? メトロノームのような音にも聞こえる。
カツカツ……コツコツ……。
私は顔から血の気が引くのを感じた。
足音だ、と感じたからか。
私は走り出した。
それに合わせて音もついてくる。
聞こえるのは子どもだけでないのか?
私が聞いているというのを知っているため、誰かがいたずらしているのではないか?
私は振り返ろうとした。
こういう時、振り返るならば、落ち着いて振り返らないとならない。
走ったまま深呼吸をする。
私は止まると同時に振り返る。勢いよく振り返ったが、そこには何もいなかった。
「っ!?」
私は呼吸を整えながら後ろだった所を見る。道は真っ直ぐで、人は歩いていない。今は、ちょうど、該当区画の真ん中当たりだ。
足音と思われたものも聞こえない。
私は、このまま後ろを見ずに進もうと考えた。
なぜか、振り返ってはいけない気がした。
頭のてっぺんから足に向けて冷気を感じている。
私は、誰か通ってほしいと願った。
振り返りたくはないため、そのまま進もうと考える。
必死に自分を奮い立たせようと考える。
「私、走り出したところにまたいるの?」
首にまとわりつく冷気が気持ち悪かった。
カツカツ……激しい足音が遠くから聞こえる。
遠くなのに、非常に大きい。
それは私に向ってくる。
誰かが通って欲しいと願いはした。
しかし、それは……何だろうか?
あの足音ではないか?
私は走り出そうとした。
首に何かが食い込む。
誰かとは何か?
何かは誰か?
私は、意識を手放した。
そこに何がいるか分からない 小道けいな @konokomichi
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