第2話「焦がれる女性」
女性はいつもの様に気取ったような態度で街の中を小走りに歩いた。そんな女性の視界に顔を顰めながら何か良からぬことを囁いている人たちが入った。女性は顔を少し顰めた。
「コパル・・・どうしようか・・。」
困った顔をしながら葬儀屋のティーカー・シーは息子のコパル・シーに机に突っ伏しながら言った。
「仕事が来ないことは幸せなことですよ。」
苦笑いをしながらもコパルはお腹の中の虫を盛大に鳴らした。ここ数か月の間、葬儀の依頼が来なかった。その為、ここ数か月間の収入はお墓の手入れ、修繕、管理などで得た少ないお金でなんとか生活をしている状態だった。ティーカーはそんなお腹を空かしているコパルの様子を見て申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね。満足にご飯を食べさせてあげられなくて・・・。」
コパルは慌てて鳴ったお腹を押さえてティーカーを見た。
「御免下さい。」
そんな時、高い女性の声が玄関から聞こえてきた。ティーカーは返事をしながらその玄関の扉を開けた。そこに立っていたのは全身真っ白なフリフリの服に身を包んだ女性だった。顔つきはまるでビスクドールの様に綺麗だった。
「此処は生前からでも葬式の依頼が出来ると聞いてきたのですが、本当でしょうか?」
小さくて赤い紅を塗った唇を動かしながら女性は目の前に机の上に置かれている何枚かの資料を眺めながた。
「はい。生前からでも葬式の計画を立てることは可能です。」
必要な資料を机の上に並べながら言った。
「実は結構生前に式を考えている人は多いいんです。それで、今回葬式を考えられている方はどなたでしょうか?」
コパルは机の上に並べられた資料の邪魔にならない様にティーカーと女性の前に紅茶を置いた。女性はティーカーの質問にニッコリと笑った。
「私です。」
毅然とした態度で女性はそう言った。二人はその言葉を聞いて顔を見合わせた。
「あの・・・病気を患っているのでしょうか・・・。」
お盆を両手で抱えながらコパルは目を泳がせながら言った。女性はそんなコパルに対してニッコリと笑って見せた。
「いいえ。私は今日から一週間後、天国から天使が迎えに来やすいように魂だけの存在になるの。」
まるで自分の将来の夢を嬉しそうに語る子供の様にも見えた。コパルは怪訝そうな顔をした。
「必ず最後はそこに行くことは決まっているのだから、それなら若いうちが良いと思いまして。」
そんな女性の様子を見てティーカーは溜息を吐きながら視線を資料の上で動かした。
「それでは、ご予算の方はどうお考えでしょうか?」
そんなティーカーの反応にコパルは驚いた。
「こんなの、嫌です。」
すると女性は怪訝そうな顔をしてコパルを睨みつけた。コパルはそれに負けない様にティーカーの横顔を見つめた。しかし、ティーカーは顔を崩さない。
「もしかして、お金が無いからすすめるんですか?僕なら大丈夫です。ですから、こんな契約結ばないで下さい!」
女性のきつい視線がコパルを突き刺す。ティーカーは小さな唸り声を上げる。
「コパル、少し席を外してくれないか?」
驚きながらコパルは胸をまるで抉られてしまったかの様な痛みを覚えた。あの女性は邪魔者が居なくなると聞いて顔に笑みを浮かべた。
女性が帰ったことを確認してからコパルは家の中に入った。そこにはいつもと変わらない様子のティーカーの姿が見えた。
「コパル、お帰り。」
あの女性の葬式プランの書かれている資料が広げられた机の前に立ちながら帰ってきたコパルにそう言った。そんな姿を見ていると心の底からまた泣きたくなった。
朝、ティーカーよりも早く起きてコパルはまだ机の上に無造作に置かれている資料を漁った。そして、あの女性の住所が書かれているメモを見つけ出し、家から飛び出た。そんなコパルの姿をティーカーは笑顔で物陰から見送った。
「これはもう決めたことなのです。邪魔しないでいただけませんか?」
不愉快そうに顔を顰めながら朝早くに家にやって来たコパルを見て女性は言った。
「こんなのおかしいです。世の中には貴方よりも生きられなかった人は沢山居ます。それなのに、貴方はその人達よりも長生きできる可能性があるのに、どうしてこんな事を考えるんですか?」
懸命に寝癖だらけの頭をしてコパルは女性に言ったがその熱意が伝わらなかったのか、女性はコパルを鼻で笑った。
「これは私自身が決めたこと、他人である貴方には関係のない事なのです。さあ、お引き取り願います!」
女性はコパルを強引に押しのけ、大きな音を立てながら扉を荒々しく閉めた。その扉に縋る様にコパルは何度も強くノックして呼びかけて見たが、もう一度開くことはなかった。
日が暮れて、夜の空に満点の星が輝き始めてきた。コパルはあの女性の家の扉の前で膝を抱えながら座って、扉がもう一度開くのを待った。それでも、あの女性が出てくる気配は感じられなかった。そんなとき、コパルのお腹が盛大になった。その音は自分でも驚く位の大きな音だった。
「そういえば、朝から何も食べてない・・・。」
お腹を摩りながらポツリと呟いたそのとき、扉が開く音がした。後ろを振り返ると暖かな光に包まれるようして明かりに照らされている、あの女性の姿があった。
「何で、貴方は何時間もこんな所にいるの?」
女性は険しい表情を顔に浮かべて小さなコパルに尋ねた。
「貴方にはまだ、死んで欲しくないからです。」
すると女性は目に薄らと涙を浮かべてそんなコパルの横に座った。
「こんな・・・道を歩くだけで人の目が気になる世界には居たくなかったの。天国へ行けば、そんな思いをしなくても良いんだって思ってた。けど・・。」
女性は疲れたような恰好のコパルを穏やかな目で見た。
「貴方みたいな人が居るのなら、まだこの世界も捨てたものじゃないのね。」
そんな二人の姿を遠くから見守っていたティーカーは契約書を破り捨てた。
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