葬送

雨季

第1話「天邪鬼少年」

 

 「お前なんか大嫌いだ。もう、顔も見たくない。」

友は僕の目の前でそう叫ぶと背中を向けて全速力で走り去って行った。

何故?僕は友に対してそんな言葉しか思い浮かばなかった。何故なら僕達はつい昨日まで一緒に遊んでいた仲で、喧嘩するようなことは何もしていないからだった。


 「居なくなって清々した。」

葬儀屋の父に連れられてやってきた教会の中で、コパル・シーはそんな場違いな言葉を耳にした。驚きながらコパルは振り返ると、怪訝そうな顔をした大人たちの怖い視線に囲まれながら亡くなった少年の棺桶の前に立っている少年が見えた。

「何で、そんなことを言うのかな?」

棺桶の中を睨むようにして覗いているその少年の肩を後ろから掴んで言った。すると少年は不愉快そうな顔をしてコパルを睨みつけた。

「俺は此奴のことが大嫌いだからだよ。」

そんな簡単なことも分からないのかと言いたそうな顔をして少年はコパルの手を乱暴に振り払ってその場から立ち去った。少年が立ち去った後、大人たちが小さな声で囁きあう非難の言葉が聞こえてきた。コパルはそんな言葉を耳に入れながら少年が出て行った扉をじっと見つめた。

「コパル、気にするな。」

後ろから、父のティーカー・シーがコパルを後ろから抱きしめるように両肩を掴んで言った。

「これでは・・・・あの少年がかわいそうです。」

大粒の涙をポロポロと落としながらコパルは真っ赤な頬をして言った。

せっかく、この世に生を受けてきたのにこんなにも早く人生が終わってしまった少年・・・。まだ、やりたい事は沢山あったはずだし、もっと生きたかったはずなのに・・・。それなのに、唯一この式にやって来た少年と同世代らしき少年にあんなことを言われて・・・・。

コパルは強く唇を噛んで式の続きをティーカーと共に見守った。

 雲一つ無い青空の下で、病気で亡くなった少年の入った棺桶はゆっくりと地面にぽっかりとあいた穴の中に下ろされた。それを見守っていた少年の家族は、今までのことを思い出してなのか、まるで滝の様に涙を流して泣いていた。そんな家族の姿を見ているとより一層その少年のことがかわいそうに思え、コパルもポロポロと流した。そして、式は何の支障もなく終わった。

  「僕達はこれから色んな人の死に向き合うことになるんだ。」

葬式が終わってティーカーと一緒に家へ向かって帰っている時のことだった。

未だに先ほどの葬式の余韻を引きずりながら泣いているコパルを横目で見ながらティーカーは言った。その姿を完全に隠そうとしている太陽に顔を照らされながらティーカーは歩いている。

「人の死を受け止めて悲しむのは良いことだ。でも、いつまでも引きずっちゃいけないよ。」

声は穏やかだったが、何だか複雑な気持にさせられる内容だった。

「あの少年が不憫で僕は仕方がありません・・・。」

すると、ティーカーは少し眉間に眉を寄せて仕方がないという顔をして見せた。

「コパルの気持ちも分かるよ。でも、その不憫なのかを決めるのは実はコパルでもなくて、あの式に参列した人でもないんだよ。」

なら、それは誰が決めるのだろうか・・・。

そんな疑問を抱きながらコパルはティーカーをじっと見つめる。ティーカーはコパルと視線を合わせた。

「それは、あの亡くなった少年自身なんだ。」

「如何して・・・ですか?」

カラスが二人の上を通過して今にも姿を消そうとしている太陽に向かって飛んでいく。

「だって、少年がそう思っていないのに周りの人がそう思い込んでいたほうが、もっとかわいそうだろ?だから、僕達は少年が天国に行っても幸せでありますようにと思わないといけないんだ。」

 ティーカーに言われた言葉を思い出しながらコパルは白いユリの花束を持って、先日葬式をした少年のお墓を目指して歩いた。その少年のお墓は見晴らしの良い丘の上にあり、まだ子供のコパルにとっては険しい道のりだった。額に汗を浮かべながら、少年に対しての思いを募らせながらそのお墓を目指した。

 少年のお墓が見える位置までコパルはたどり着いた。流れた汗をズボンのポケットから取り出した真っ白いハンカチで拭った。ハンカチをポケットの中にしまい、少年のお墓に視線を移すと誰かが彼のお墓の前でしゃがみ込んでいるのが見えた。

コパルはゆっくりとその人物に近づいた。そこに居たのはあのお葬式で見た彼の母だった。目に薄らと涙を溜めながら女性はコパルの存在に気が付くとニッコリと悲しそうな顔をしながらも笑って見せた。

「あら、来てくれたの?ありがとう。」

コパルはその優しげな女性の声を聞いて持ってきた花束を強く握りしめた。女性の顔を直視する事が出来なくて、地面に顔を向けながらコパルはあいさつをした。女性もコパルに合わせるように挨拶をした。

「この子も喜んでくれると思うわ。」

暖かな日差しに当たっている墓石を穏やかな目をして見つめながら言った。優しい風がコパル達の髪を揺らした。

「本当に優しい子だったの。」

そう言いながら女性はポロポロと涙を流しながら話してくれた。

 「ねえ・・・。」

一人、つまらなさそうに青い空を眺めながら木陰の下でぼうっとしていた少年の目の前にコパルは息を荒げながら立った。あの時、葬式であの友人を嫌いだと叫んだ少年はコパルを見ると怪訝そうな顔をした。

「迷惑。早く何処かに行ってくれない?」

冷たく少年は言うとまた、空を眺めた。

「彼は・・君のことを嫌いなんかじゃない。」

すると少年は目を見開いてコパルを睨んだ。

「そんな筈は無い!だって、あいつは俺のことが大嫌いって目の前で言ったんだから!今でも昨日の様に覚えてる。」

彼の母の言葉が頭の中で思い浮かんだ。

「君が・・・唯一の友達だったから・・・悲しんで欲しくないからそう言ったんだって・・・彼のお母さんが言ってた。」

僕は・・・悲しまれるくらいなら一人で居る方が楽なんだ・・・。涙を流しながら彼が言った最後の言葉・・・。

「あいつらしいけど・・・こんなの、全然嬉しくない・・・。」

少年は涙を静かに流しながら言った。

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