第12話 花火大会

 この地域で最大の花火大会が始まる。この催しは毎年、七月の後半にまどか達の住む街の中を流れる大きな川の河川敷かせんじきで行われる。


 まどかは一緒に行く約束をしていた映画の穴埋めという訳ではないのだが、昌子と二人で花火鑑賞に来ていた。


「あぁ、まどかの浴衣、可愛いい!」昌子は感嘆かんたん雄叫おたけびをあげる。

 まどかは、ピンクをベースにした打ち上げ花火をデザインに取り入れた可愛い柄のものだった。その頭にも可愛い髪飾りをつけている。


「いやだ、昌子ちゃんたら……、昌子ちゃんだって、凄く綺麗よ」昌子は、黒を基調にした落ち着いた感じの浴衣である。いつも、下ろしている髪を後ろで束ねている。凄く大人びて見えて、まどかは羨ましくなった。そのスタイルの良さがいつもより余計に引き出されている。


「ところでさ、まどかは着けているの?」昌子が少し小さな声で耳打ちをしてきた。


「着けているって、なにを?」昌子の言っている意味が解らずにまどかは聞き返えした。


「着物の下ってさ、下着つけないのが正式っていうからさ……、私、今日は着けてないんだよ」昌子は笑いながら言った。その言葉を聞いてまどかは赤面する。


「ちょ、ちょっと!昌子ちゃん!大丈夫なの?!」道理でいつもよりも色っぽく見えるとまどかは思った。いつもの、五割増しぐらいで昌子のセクシー度数が強化されている。


「あちゃー、やっぱりまどかは着けてきたか」昌子は、頭をペチンと叩いた。「結構、楽チンだよ、この解放感がたまらん」言いながら、着物の裾をパタパタさせた。


「当たり前でしょ!!ちょ、ちょっと、昌子ちゃん!やめてよ!!+」まどかは、慌てて昌子の手を押さえた。当の本人は全く気にしていない様子であった。まどかはそれを聞いてから近くの男性達の視線が昌子に一点集中しているような感じがして気が気ではなかった。


「ところでさ、花火が上がる前に、なんか食べようか?小腹が減ってさぁ」見た目と中身のアンバランスも昌子の魅力ではあるのだ。でもきっともっと女の子らしくすれば、彼女は男の子達にもっとモテる筈なのにとまどかはいつも思っていた。でも、彼女に彼氏が出来て自分との距離が遠くなってしまうのも何だか寂しい気がする。今の距離感がまどかにとっては一番良いのだ。


「私さぁ、こういう所に来ると、無性にイカのゲソ焼き食べたくなるんだよね、えーと・・・・・・、あっ!まどかこっち!こっち!」昌子はまどかの手を繋ぎ誘導していく。凄いリーダーシップだ。

 きっと彼女が男性であったのなら、まどかは異性として昌子の事を好きになっていたかもしれないと思う。


「ちょっと!昌子ちゃん!浴衣が!」走る昌子の浴衣の胸元が激しくバウンドするように乱れている。下着を着けていないせいで、いつもより揺れていて男性達の視線が釘付けになっている。彼女同伴の男性達はそのデレデレとした顔のせいで喧嘩になっているようであった。もしも、胸元が開けて飛び出しでもしたら!まどかは、気が気ではなかった。


「あっ、大丈夫だよーん、ニップレス貼っているから!」笑いながらVサイン。まるで気にしていない様子であった。


「そんな問題じゃないでしょ!」まどかは、彼女の大胆さに呆れるばかりだった。しかし、その彼女の性格にやはり魅かれて行く自分がいる。


「たまやー!かぎやー!」花火の打ち上げが始まった。昌子が大きな声で叫ぶ。


「きゃー、綺麗!!」まどかは、空を見上げてうっとりとしている。


「この、ゲソうめえ!」昌子は、食を堪能たんのうしているようだった。これでビールがあれば完全にオヤジである。


「もー、昌子ちゃんは本当に!」まどかは、吹き出しそうになった。


「ねー、ねー、お姉ちゃん達、二人だけ?」突然背後から誰かが近づいてきた。振り返るとアロハシャツを着た、素行の悪そうな二人組の男が声をかけてきた。

 まどかは、その姿を見て先日のストーカー男を思いだしてしまい体が少し硬直したような感じになってしまい声が出せなくなった。


「俺達も、ちょうど二人だし、一緒に花火より楽しい事しようよ」男がまどかの体に触れようとした。まどかは怖くて目を閉じてしまう。


「いててててて!」男が彼女の体に触れる事はなく、突然に大きな悲鳴を上げた。まどかは一瞬、睦樹に助けられた時の事を思い出した。それはまるでデジャビュのようであった。


 まどかが、ゆっくりと目を開くと、手を後ろで極められて苦痛に顔を歪める男と、その苦痛を与えているイカのゲソを口に咥えた黒髪の少女の姿が目に映った。


「この野郎なにしてやがるんだ!」もう一人の男が、昌子に殴りかかってくる。昌子は、男の関節を決めたまま、体を半身にして男のパンチをかわした。そして、勢いで前のめりになった男の足に彼女の足を交差させて転がせた。その上に、先程から関節を決めていた男の足も蹴り払い、倒れている男の上に重なるように転がした。


「おんひゃだひゃらっへ、なひぇるひゃ!」口にいかゲソを咥えたままであった。何を言っているのか誰も理解出来なかった。「女だからって舐めるな!」もう一度、ゲソを口から離して啖呵をきった。


「す、すいませんでした」男達は一目散に逃げて行った。その姿は滑稽で、周りで見物していた観衆の笑いを誘った。


「おー!すげー!なに、映画の撮影かなんか!?」歓声が上がる。その声に答えるように、昌子は、両腕を上げた。


「アイアムいちばん~!」彼女は激しく調子に乗っているようだ。


「昌子ちゃん、凄い!」まどかは、昌子が、こんなに強いとは知らなかった。


「実は、ちょっち昔、護身術みたいなのやっていてさぁ……」昌子は、力こぶを見せるような仕草をした。なぜかその力こぶも綺麗だとまどかは思った。


「昌子ちゃん・・・・・・・、凄いけど・・・・・・・、胸はだけて、おっぱい見えそうになってるよ・・・・・・」赤面しながらまどかは下を向いた。浴衣の胸元が緩んで昌子の胸が飛び出しそうになっている。


「ゲッ?!」昌子は、慌てて浴衣の乱れを整えた。周りからは何やら別の意味での歓声が上がっていた。


 

 二人は気を取り直して、花火を再び鑑賞することにする。


「花火、綺麗だね。まどか、本当は新しく出来た彼氏と来たかったんじゃねえの?」昌子は、まどかの腕を自分の肘で軽く突いた。


「私は、この花火は昌子ちゃんと見たかったんだ」それは、まどかの本当の気持ちであった。確かに、睦樹に対して特別な気持ちが芽生えている事を自覚はしているが、それに負けない位、まどかにとって背負子は大切な存在なのだ。


「ありがとね。なんだか、照れるな」昌子は、照れたように顔を赤くして頭をポリポリと掻いた。


「でも、凄かったなぁ、昌子ちゃん……、睦樹さんみたいだったわ」まどかは、思わずその名前を口にした。


「えっ、誰?」昌子は、よく聞こえなかったようで耳を近づけて聞き直した。


「ううん、べつに」まどかは空の花火をもう一度、見上げた。


*


「あー、綺麗だ」俺は、自分のマンションのバルコニーから、花火を見ている。このマンションに住むのを決めたのは、この花火が見える事も一つの要因であった。新婚の頃は、幸恵と二人で夢中になって花火を見たものである。

 今日は幸恵は友達と出掛けて、花火を見て帰って来るそうだ。と言う訳で今夜、俺は一人この部屋で花火鑑賞を楽しんでいるという訳である。


「そういえばあの娘も今頃、この花火を見ているのかな……」俺はまどかという少女と花火を見る約束をすれば良かったかなと少し後悔した。

 しかし、それはいくらなんでも図々しい考えである事も十分理解している。


「まあ、映画だけで我慢しておくか……」花火が終わる頃、俺はいつもより早めにベッドに潜りこんだ。

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