第11話 昌 子
一日の授業がすべて終了した教室。皆、帰宅の準備を初めている。まどかは、教科書とノートを整理して鞄に入れる。
鞄の中の小さなポケットには、綺麗に洗濯をしてアイロンをかけたハンカチがあった。それは睦樹から拝借したあのハンカチ。彼女はそれを丁寧に取り出すと眺めながら口角を少し上げてほほ笑んだ。
「まどか……、もういい加減にしてよ」同じクラスの
昌子のその手には手紙のようなものを持っている。
「えっ……、もしかすると、また……なの・・・・・・」まどかは、昌子が手にしている手紙の正体に、だいたいの見当がついているようであった。その手紙を見てまどかは少しウンザリしたような顔を見せた。
「これで、いったい何通目なのよ?ラブレター! いつもさぁ、私が呼びだされてさぁ。おっ、いよいよ私にも春が来たか!!みたいに思ったら・・・・・・、これをまどかさんにお願いしまっす!!みたいな……、肩透かしかってえの!!!」昌子は、器用に道化のような真似をしてまどかを笑わせる。案の定まどかは大爆笑している。
それは、まるでお笑い芸人のようだ。いつもこの親友は、まどかに元気をくれる。こんなやり取りをしているが、実際は昌子も、男子生徒からの人気は中々のものであった。綺麗な艶のある黒い長髪に健康的な少し日焼けした肌。そして、スタイルは出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。まどかが横に並ぶと自分が幼児体系のような気がして気が引けるほどである。昌子の右目の下に小さな
その反面、間違った事は誰にでも的確に指摘する。それは相手が教師であっても同じであった。一部の教師の間では、このクラスの授業が一番苦手だと公言している者も居るくらいだ。それは紛れもない昌子の存在によるものであることを皆熟知している。ただ、たいていの場合正しいのは昌子なので教師も文句は言えないでいた。
まどかが、この学校に入学して一番最初に仲良くなったのが昌子であった。少し人見知りがちで友達を作るのが苦手だった自分に人と話す事が楽しい事なのだと彼女が教えてくれたような気がする。
「ごめんね、いつも迷惑かけちゃって……」まどかは祈るように彼女に向かって両手をあわせた。
「仕方ないなぁ・・・・・・」昌子は、そんなまどかの姿をまんざらでもない様子でみた。「だいたいさあ、直接口で告白もまともに出来ない癖にまどかに
それは、クラス中の男子達に聞こえるように大きな声だった。彼女のその姿は無駄に男前だった。男子達は一様に目を反らして床を見つめるような仕草をした。
「昌子ちゃんたら……、また……」これは、毎度繰り返されているルーティーンのようであった。まどかは、恥ずかしそうに、昌子の制服の裾を摘まんだ。
「あっ、そうだ、今度の約束していた映画の事なんだけどさあ……」昌子は、言いながら先程から手にもっていたラブレターを指挟んで手裏剣のように投げた。それは、まるで吸い込まれるようにゴミ箱へと入っていった。
「ああああ……」ラブレターの製作者らしき男子生徒は、ガクッと肩を落とした。
「あっ、昌子ちゃん……、実はその映画の事なんだけど……」まどかは周りに聞こえないような小さな声で話しがら、申し訳なさそうな表情を見せた。
ひそひそと話す二人。
「なっ、なぬ!まどかが男の人と一緒に映画に行くだと!?」その昌子の雄叫びにも似た声で、クラス中の男子達は一斉に立ち上がる。彼らは茫然と二人のほうを見た。
「ちょ、ちょと、昌子ちゃん、大きな声で……、やめてよ……」まどかは顔を真っ赤に染めて、立ち上がった昌子の袖をもう一度引っ張った。それに従うように、彼女は席に座り込んだ。
「そっか……、けっこう私は楽しみにしていたんだけどなぁ……」昌子は、鼻の下を人差し指で擦りながら呟いた。男子生徒達は聞き耳を立てている。
「ごめんね……、つい……」まどかは、あの時、
友達とはこの昌子の事で、彼女との約束は、まだ交わされたままであった。
「まあ、仕方がないわね、君が男の人への恐怖心を克服するにはいい機会なのかもしないわね」昌子は、まるで往年のアイドルのように、
「私、男性恐怖症なんかじゃ……」ないと言いかけたところで、唐突にあのストーカー男の事を思い出した。
あの日の恐怖が少し甦ってきた。
やっぱり、怖いかも…。
「解ったわ。今回はその幸せな男子に、まどかを譲ってやる。でも、その代わりの埋め合わせは必ずしてもらうよ。まどかくん!」昌子は、腕組みをしたかと思うとニヤニヤと笑顔を浮かべた。
「わ、わかったわよ……、でも、ありがとね」何を要求されるのかは不安ではあったが、昌子が怒らなかった事に少し
「ねーねー、ところで、どこの誰なんだい?その幸せ者は?」昌子は眼を半開きにして肘でまどかの肩の辺りを軽くコツいた。
「それは、ノーコメント」まどかは、昌子の質問には答えなかった。
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