第10話 媚 薬

 そこはこの界隈では、頗る治安が悪いと有名な歓楽街。素行の悪そうな男達や露出度の高い服を着た女達が闊歩している。金と色に塗れた街。まじめな学生達には無縁の場所だ。


 アーケードのある商店街に平行するように、風俗店やスナック、ガールズバーなどが入店する商業ビルが立ち並ぶ。いずれも派手なネオンや色彩を放つ看板が設置されている。呼び込みをする従業員達があちらこちらの建物の入り口に立っている。


 その中でも一際目立って古いビルがある。派手なビルの間にあってそこは少し陰気な雰囲気を醸し出している。まず、好奇心で飛び込むような客はいないであろう。万が一、今後のネタでなんていう気持ちでそこに入ってしまったとしたら後で後悔してしまうことは必須である。


『レッド・ブラッド』その店は、くたびれたビルの4階にあった。


「片山ちゃん、一体どうしたのその怪我?」女は金髪の包帯男に声をかける。男の名前は片山というらしい。片山は頭と腕に包帯を巻いている。その姿が痛々しい。


「……」金髪の男は答えたくないようで、沈黙している。テーブルの上に置いてあるハイボールの入ったジョッキを一気に飲み干す。「ツー!!」口の中の傷にアルコールが滲みるようだ。


「ママ~、こいつさ~、前から気になっていた女にちょっかい出して、一緒にいたオッサンにボコボコにされたんすよ~」連れの男が代弁する。オールバックにサングラス、指には明らかに安物の指輪。髑髏どくろの装飾が趣味のようだった。


「へー、女の子に、ちょっかい出して……、それは、それは……」ママと呼ばれる女は、煙草に火をつけそれを咥えた。少し不機嫌そうに煙を吹き出した。


 この女は、レッド・ブラッドの経営者、客からはママと呼ばれている。片山達が聞いた話では、歳はすでに六十は、優に越えているということだ。実際は七十に足をかけているかもしれない。


 この店の照明は、かなり薄暗く設定されているようで、彼女の年齢を店内で判別する事は困難だった。この仕事は女を売る仕事であるので、それは仕方ないことなのであろう。ママは、肺に溜め込んだ煙を一気に鼻の穴から吹き出した。


「うるせえ、あの援交親父の奴、今度見かけたら!!」言いながら、片山は乱暴にジョッキをテーブルにおいた。その反動でジョッキからアルコールがはじけ飛ぶ。


「でも、そのオッサン、空手かなんかやってたんだろ。帰って来た時、お前ガタガタ震えてたじゃんか」サングラスの男が小馬鹿にするように言う。その言葉を聞いた片山は、サングラス男の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「なんだお前、喧嘩売ってんのか?!」片山は鋭い眼光でサングラス男の顔を睨みつける。


「あん?!」サングラスの男も威嚇気味に返す。


「ちょっと、あんた達!店で喧嘩はご法度だよ!守れないなら、あんたら出入り禁止にするからね!」ママは、カウンターを激しく叩きながら二人に忠告する。


 一応、高校生の二人が堂々と酒が飲める店は希少なので、このママと呼ばれる女には正直頭が上がらないようであった。


 二人は、相手の乱れたシャツを整えあいながらソファーに座った。


「片山ちゃん、女が欲しいならいつでも私が相手してやるのに……」ママは急に色気ババアに変身したかのようだった。いつもよりシャツのボタンが、一つ多目に外れている。


「ママさぁ、俺はすぐに股を開く女は嫌なんだよ、やっぱり好きな女は自分で攻略しなくちゃねぇ」片山はハイボールを、もう一口飲んだ。もちろん、この店のママの年齢は片山にとって、許容範囲を大幅に越えているのだが、そこには触れないように、片山なりに気を使っているようである。


「へー、そうなんだ」ママは呆れ顔で、煙草をくわえた。ちょっと、不貞腐ふてくされているようにも見える。


「お前、攻略ってさぁ、あのハンバーガー屋の女の子を強姦レイプしようとしただけだろ!そりゃ、犯罪だぜ、犯罪」サングラス男は大声で笑いながら、軽く片山の頭を叩いた。片山は少し頭にきたが、ママの手前我慢しているようだった。


「バカ野郎、男は積極的にいかないと、女は解らないんだよ!ストーカーと純愛なんて、女の取りようだろうが!要は決めればいいんだよ、決めれば!そうすればこっちのもんだ!あの女も俺にゾッコンになるんだよ!」片山は自分の持論を展開する。ゾッコンという死語にサングラス男とママは、少し呆れているようだった。


「そうだ!片山ちゃん、良いものあげるわ」ママは、言いながら唐突に封筒を出した。それを受けった片山は開封する。


「ん?なんだこれ・・・・・・、ドラッグか?」中から、小さく三角に折られた紙包みが出てくる。あからさまに怪しい感じであった。


「この前来た少しヤバそうな客が置いていったんだけどさ。それを飲んだらアレに夢中になる媚薬くすりらしいわよ。その、女の子に飲ませてみたらどうかしら?」ママは目を爛々にしながら説明しながら、片山が破った封筒を透かして見た。


「私は試した事ないけれど、凄いらしいわよ。ただし副作用で、飲むと性格が狂暴になるのと、依存性があるらしいから……、あら……」ママの話が終わるのを待たず、片山は紙包み一つ分の媚薬くすりを飲み干していた。


「こりゃ、飲みやすいわぁ」片山は、美味しそうに右腕で口の辺りを拭った。


「あああ……」ママとサングラス男は呆れて声を漏らした。


「えっ?」片山は二人の反応の意味が解らなかった。


「お前が飲んでどうすんだ!」サングラス男は、もう一度片山の頭を叩いた。

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