第13話 約 束
まどかと約束した日曜日の朝がやってきた。今日は最近では無い見事なくらい素晴らしい晴天。どこまでも青い空が続き心も晴れやかになる。
夏特有の灼熱のような直射日光が肌に当たり少し痛い位である。今年は例年に比べて、蝉の鳴く声が少ないような気がする。蝉が少ないのも熱すぎる夏のせいなのだろうか。それでもこの晴れ空を改めて見てみるとまるで彼女と会えるという弾む俺の心を代弁しているかのように感じる。いい歳をして、ここ数日はこの日が待ち遠しくて仕事もろくに手が就かなかった。それを後輩の一馬にも見抜かれてあれこれチャチを入れてくる。本当に
本来、俺の仕事は平日が休みなのだが、今日は貯まっている有給休暇を消化させてもらった。上司には少し嫌みを言われたが、そこは上手いことかわして休みをゲットした。有給休暇なんて退職するときにまとめて取るものだと思っていたが、取ろうと思えば取れるものだと学習した。
まあ、月曜日にたっぷりもう一度、嫌みを言われる事は確実だが……。妻の幸恵には、学生の頃の同窓会に出席すると嘘をついて家を出た。
俺は未だかつて、同窓会などの行事など参加したことがなかったので、彼女は少し怪しいという顔を見せた。ただし、たまたま幸恵も友達と約束していたということで、夜まで出かけると言っていた。なんだか渋々ではあるが了承してくれた。
自分はちょくちょく出かけるのに、俺が仕事以外で外に出かけるとなぜか不機嫌になる。同窓会をどこでやるのかと聞かれたので、まどかと待ち合わせをする駅の名前をいっておいた。まあこの場所に幸恵がやってくることはまずありえないであろう。彼女を騙して出かけることに、少し後ろめたい気持ちが無かった訳では無いがまどかに会いたいという気持ちには勝てなかった。
ちなみに、先日の幸恵との喧嘩はすでに終戦を迎え平和な日常を取り戻している。いつも、二人の喧嘩は、どちらから謝るということもなく、時間が経てば終結するというのがお決まりである。
「少し早く着いたから、駅の本屋で時間でも潰すか……」駅に直結した書店に足を向ける。まどかとの待ち合わせは午前11時。目印は書店前に設置されたモニターこと子ビッグマン。ここは、待ち合わせの定番で、たくさんの人たちが立っている。
「ああ、これか……」書店の中で本を物色していると、彼女と約束した映画の記事が掲載された雑誌を見つけた。どうやらCGを駆使したアニメーション映画のようだ。俺の子供の頃に見ていたアニメとはかなり雰囲気が違っていた。俺はアニメであるならスポコン物が好きであった。でも歳を重ねるごとにアニメのような物を見る事は無くなってしまった。子供でもいれば話は違うのかもしれないが。
この人気がありシリーズ化しているらしい。特集のページを読み進めてみた感想は、やはり俺みたいなオッサンが自分でチョイスする作品では無いなということであった。
「お待たせぇ~」背後から可愛い女の子の声が聞こえた。まどかが来たのかと思い、俺は雑誌を棚に戻しながら声がする方向に目をやり彼女の姿を探した。しかし、それはまどかではなかった。声の主は、今にも下着が見えそうな位の丈の短いスカートを履いた高校生位の女の子。
彼女はこちらめがけて駆けてきた。鼻の下を伸ばしながら、その足を凝視してしまう自分が悲しすぎる。
「僕も、今来たところだよ」俺の隣で立ち読みしていた青年が手にしていた本を小脇に挟み、手を振りながらさきほどの女の子に近づいていった。清潔な感じの身なりをした好青年であった。細いスラックスに、白いジャケット、ブルーのカッターシャツをさりげなく、着こなしている。二人は手を繋いで人混みの中に消えていった。なぜか、俺はその様子をずっと見ていた。
冷静に自分の服装を確認し、あの青年とは明らかに違う事を痛感する。まあ、体格もまったく違うので、あんな格好は似合わないのであろうが……。なんだか高校生と待ち合わせという現実に今さら恥ずかしさが汲み上げてくる。場所を移動させてもう一度別の雑誌を取り読書に浸る。
「そろそろ時間か」俺も読んでいた空手の雑誌を棚に戻し、約束の場所に待機することにした。
そういえば、あの娘は、一体どんな格好で来るのだろう。
俺の頭の中でまどかプチファションショーが始まった。ワンピース、ショートパンツ、ドレス……、制服……、それは無いか。色々なまどかが俺の頭の中を駆け巡る。自然と口角が上に上がる。
そうこうしているうちに、気がつけば、時間は正午を向かえていた。妄想で時間を消費したようだ。周りから見ればいいオッサンがニヤニヤしてさぞ気持ち悪い事であろう。
「あれ、映画の上映開始の時間過ぎているよな……」なんだか不安になったのだが、そのまま、まどかを待ち続けた。同じように待ち合わせをしていた男女達が次々と減っていく。
腕時計をもう一度見る。
気がつけば、時計の針は2時を指していた。今までの人生の中でも、こんなに時間が長く感じられた事はなかったように思う。何時間も誰かを待ち続ける男。否が応でも、目立ってしまう。
「はあ……」俺は深いため息をついた。その様子を見て、女の子二人組が笑っている。俺の事を見て笑っているのではないかと
ポケットの中から、携帯電話を取り出して、先日聞いた彼女の携帯の番号にコールしてみようかとも考えたがそれは止めた。なんだか、催促するように電話をしようとする自分が惨めになるような気がしたからだ。
結局、その日まどかが俺の前に現れる事はなかった。仕方なく、俺は二人で見る約束をした映画を一人で見ることにした。やはり予想していた通り、どちらかといえば子供向けの作品で、おっさんが一人で観るような内容の映画ではなかった。
それでもなんだか、もの悲しい気持ちに包まれ、終盤には俺の目尻に涙が貯まっていることを自覚していた。それでもエンドロールが終わる頃には感情をコントロールして、俺は平然とした顔で劇場をあとにする。この歳になると、自分の感情を外に出さないようにする術も備わってくるらしい。
「まあ、そんなもんだよな・・・・・・、いいオッサンが浮かれて馬鹿みたいだよな・・・・・・」俺は大きく背伸びをしながら晴天の空を睨みつけた。今日の青空は、雨天にも負けないくらい鬱陶しい感じがした。
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