秋の寄る辺
ざっと
秋に想う
街路に咲く
部屋の中にいても若干の肌寒さを覚えるのだから、外はもっと寒いだろうと、クローゼットに眠っていた厚めのジャケットを羽織って外へ出る。玄関の扉を開けてみれば、予想通りに寒かった。頬に触る風の温度も、夏から衣替えをしたらしい。
家を出てしばらくは人気の無い道が続く。散歩に出たはいいが、行先なんて決めていない。考えなしに歩いていると、体が覚えている手順を踏んだらしく、
丸い月が
寝つきの悪い夜の暇を持て余して出てきたのに、こうも騒々しいと余計に寝つきが悪くなる。ここで行先が決まった。静かな、出来るだけ人も車も来ないような場所へ避難しよう。たしか、大通りを外れた場所に小さな河川敷があったはずだ。そう思い、南北に伸びる通りを北へと進み始めた。
騒がしい大通りに沿ってしばらく歩くと、車が見向きもしないような
街灯の少ない道を歩いていくと、風がススキを揺らす音が聞こえてきた。進むほどに音は大きくなり、のんびりと首を振るススキがそこかしこに見えてくると同時に、目の前に小さな橋が現れた。
ススキに見惚れながら、目の前の橋へ歩を進める。片側に間隔をあけて立つ三本きりの街灯の儚い光が橋上を照らしている。決して明るくはないが、小川を
橋の両側には全身くまなく錆付いた手すりが鎮座している。何の気なしに指先でなぞってみると意外に強い刺激が皮膚にはしり、思わず声が漏れた。
三つばかりの小さな光に照らされながら、一歩一歩、足裏の感触を確かめるようにして橋を渡る。材質は、セメントやアスファルトよりも石に近いだろうか。白い表に、黒い点々が
どこぞの山道で見たような木々のトンネルみたいにはなりえないが、どことなくお辞儀をしているようなさまが可愛らしく、右にも左にも軽く
坂を下り切ると舗装がなくなり、あるがままの地表が出迎えてくる。人が歩いた跡を避けるように草の別れた土がむき出しになっていた。しかし、それはほんの数メートル先までの話であり、それから先は土の上には覆いかぶさるように枯れ草が寝転がっている。そしてそれらの隙間から、まだ生きている青草や小さな花たちが自分たちもここにいるぞと主張するように顔を出している。
ちょっと失礼。心の内でひと言謝ってから、その上を川沿いに歩く。歩けば歩くほど、踏みしめれば踏みしめるほど、枯れ草の匂いが立ち
もう散ってしまった金木犀と違い、生気などないままに寝そべっているだけなのになぜこうも強く匂いを発せられるのかと
すぐ隣で自分とは反対の方角に流れていく川の音も
日々の生活にどうにも忘れ
すぐに少し広めの場所を見繕った。そのままでも寝るには十分なのだろうが、あえて草をちょっと盛って、よりベッドの体裁を整えてみた。盛り上がった枯れ草の山を手で押して寝心地がどんな
そしてこれだ、と思った所で思い切って寝そべった。
予想通り、匂いは
はじめこそ居心地の悪さを禁じ得なかったが、慣れればなんとかなるもので、次第に眠気が襲ってきた。辺りは暗く、月と星の明かりは調度よい常夜灯の如く、その光で
そうして眠ったのも束の間、ざあっと強く吹いた風に驚いて目を覚ます。せっかく寝付いたというのにと腹を立てたところで、全身が凍り付くような冷たさであるのを自覚する。
厚手のジャケットを羽織っているとはいえ、防寒がしっかりしている訳ではない。真冬よりはマシとはいえ、身じろぎもせずじっとしていたのでは体が冷えていくばかりなのは明白である。
これはいけないと、作ったベッドを起きだして、来たときとはうって変わって足早に帰路へ就いた。
自宅に戻ると急いで暖房を
濡れた髪が乾ききらないままに柔らかいベッドへ寝転がる。時刻は
日常を抜け出したような小気味のいい
鈴虫かコオロギだろうか。外で鳴いているのかと思ったが、外にしては随分近くから聞こえる。一度部屋の中を見回してみるが見当たらない。それでも鳴き声は近くから響き続けている。
まさかと思い、脱衣籠へ放った衣類をひっくり返してみると、果たして、一匹のコオロギがおどり出てきた。どうやら枯れ草ベッドへ寝転がった時に、服のどこかへ忍び込んでいたようだ。
連れてきてしまったのは自分の不注意とはいえ、あまり部屋の中で鳴かれてもいささか賑やかに過ぎて敵わない。仕方がないのでベランダへと逃がしてやる。嫌なら跳んで逃げられるようにと手すりの上に丁寧に置いてやり、部屋へと戻った。
それからは鳴いていたのか逃げたのか覚えていないが、翌朝起き出して確認した時にはいなくなっていたので、夜のうちにどこかへ跳んでいったのだろう。
ただその夜は、その日の河川敷へ行った冒険をなぞるような秋一色の夢を見た。
夢は、河川敷へ行くその日の出来事そのままの夢だった。しかし、河川敷へ着いて川の傍へ行くと、内容は一気に変調した。場面は一瞬で昼へと変わり、セキレイやシジュウカラが鳴いているのを聞きながら川面を眺めている自分がいた。じっと川を見つめているところへシラサギが飛んでくる。シラサギは水面へ近づくと、一瞬のうちに川魚を
不思議なことに、その時の気持ちは、ベランダへ逃がしたコオロギを見るそれに、ひどく似ている気がした。
秋の寄る辺 ざっと @zatto_8c
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