王子

 撮影が終了した。シオールはカメラを腰の後ろにおさめると、意外なほどに殊勝な態度で私と亭主に頭を下げた。

「……」

 その時、私はあることに気づいた。

「セーコさん、ありがとうございました。そして、御主人の協力に感謝します。おくつろぎのところ、又、営業中に大変失礼しました。では、シンカワさんに写真を届けに行きます。さようなら」

 それが、シオールの別れ際の挨拶であった。私に怒鳴られたのが多少応えたらしく、声にいつもの元気がなかった。

 シオールは挨拶を云い終えると、体を翻しざまに、私たちの視界から立ち去ろうとした。その背中に私は声をかけた。

「待て、シオール」

「えっ」

「おまえ、髪はどうした。切ったのか?」

 シオールは私の方向に体を向け直すと、

「ええ、切りました。2号役には長過ぎると思いまして。髪の量が邪魔で、ホッパーマンのヘルメットがかぶれません。それに、せっかくのマフラーが生きないのです。だから、切りました」

「それがおまえなりの役作りというわけか」

「はい」

「俳優ならば、その程度のことは当然だ。殊更に誇るべきことでもない」

「はい」

「とは云うものの、なかなかできることではない。意欲と情熱に免じて、先ほどの無礼を許そう。こちらに来い、シオール。一杯奢ろう」


「失礼します」

 シオールはヘルメットを脱ぎざまに、私の横に腰をおろした。宝石の光沢を帯びる髪が、首の辺りで綺麗に切り揃えられていた。髪形(型)は変わっても、この少年…いや、そろそろ「青年」と呼ぶべきであろうか…美しさに変化はなかった。むしろ、輝きが増していた。

 九割の者に感嘆を覚えさせ、残り一割に反感を催させる絶世の美貌。どちらかと云えば、私は後者に属する。この男はあまりにも美し過ぎる。女子よりも秀麗で、且つ、濃艶な男子。私の好みからは大きく逸脱していた。

 不思議なのは、私の気持ちを察している筈のシオールが、何かにつけて、最前のような児戯めいた行為を仕掛けてくることであった。


「好きなものを頼め、シオール。もっとも、この店には、ミルクセーキもなければ、オレンジジュースもないぞ。あるのは、ハイボールと清酒のみだ」

 私の台詞が気に障ったのか、シオールは怒ったような表情と口調で、

「僕は子供じゃありません。お酒ぐらい呑めます」

「そうか。おやじさん、我が撮影所のアイドルに、薄めのハイボールを」

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