挑発

 私の視界に「ホッパーマン2号」が現われた。ライダースーツ風の赤い衣装に、銀の手袋と銀のブーツ。頭に1号同様の飛蝗形ヘルメットをかぶり、首に白のマフラーを巻いていた。紛れもない「正義の使者」の勇姿。

「……」

 ホッパーマン2号を視認した瞬間、私の左手が「ありもしない大蛇丸」を無意識的に掴もうとしていた。それは「コブラガールの役が抜け切っていない」証拠でもあった。私の口辺に苦笑が浮かんでいた。そんな私を2号は右手の人差し指で指しざまに、

「どうした!コブラガール!まさか、怖気ついたのか?来ないのなら、僕の方から行くぞ!」

 などという無礼な台詞をぶつけてきた。まったくうるさい奴だ。悪ふざけにもほどがある。私は怒気を孕んだ声で、

「大概にしろ、シオール!この種の茶番は、私とて嫌いではないが、クランクアップの晩ぐらいは静かに過ごさせてくれ。おまえの遊びには、いずれつき合ってやる。だから、今日はおとなしく帰れ。こちらの商売の迷惑にもなる。若手(俳優)のリーダー格を気取るなら、少しは他人の事情も考えろ!」

「……」

 ホッパーマン2号……否、その格好をした「シオール」は刹那沈黙したが、すぐに喋り出した。

「茶番とか、遊びとか、あんまりじゃないですか、セーコさん!僕だって、僕なりに真剣に演じているのに」

 シオールは母親に叱られた悪戯小僧みたいな声を出した。わざわざ述べるまでもないが「セーコ」とは、私の本名である。

「芸熱心は認めよう。が、場をわきまえろ」

「わかりました。以後、気をつけます」

「わかれば良い。では、帰れ。うるさくてかなわん」

「帰りません」

「なにっ」

「僕にはシンカワさんに頼まれたことがあります。それを果たすまでは帰れと云われても、帰れません」

「シンカワさんの依頼とは何だ?」

「写真です。やみつか亭を背景にしたセーコさんを撮ってきて欲しいと頼まれました。今度の作品の参考にしたいそうです。できれば、御主人にも入っていただきたい。無理なお願いでしょうか?」

「シンカワさんの依頼ならば無碍には断われぬ。私はかまわんが、亭主(おやじ)さん次第だな」

 そう云いながら、私は亭主の魚面を見た。亭主が無言で頷く。

「了承がとれたぞ、シオール」

「ありがとうございます。では、早速……」

 シオールは頭を下げると、腰の後ろから、奇妙な形をしたカメラを取り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る