絵師
私は撮影所を南から北へ串刺しにする形で伸びている「中央路」を歩いていた。所内を包み込む暗鬱ムードはここにも及んでいた。天井に埋め込まれた照明器具の三分の二が消されており、視覚的にも暗かった。
節電の指示が出されたとは聞いていないが、もしかすると、電気の使用量に制限がかけられているのかも知れない。まったく閉鎖が決まった撮影所ほど惨めな空間はない。
「……」
数メートル先の扉が半開きになっていた。前方右の扉である。それは「美術部」の部屋で、室内の明かりが廊下に漏れ出していた。私は何気なく足を止め、何気なく部屋の方へ顔を向けた。私の視野に現れたのは「シンカワメグムの背中」であった。仕事に没頭しているのだろう。私の視線や存在には気づいていない。
シンカワさんは〔時空絵師〕の称号を持つやり手のデザイナーで、この撮影場以外でも大車輪の活躍を展開しているという。ここがぶっ潰れたとしても、彼女にとっては「得意先がひとつ消えた」に過ぎないのである。専属俳優の私とは異なり、仕事の機会は他にいくらでもあるのだ。
あれは前篇の撮影中であったか、シンカワさんに色紙持参でサインを求められた。大いに照れ、そして、いささか困った。時空絵師とB級女優とでは、格が違うからだ。まあ、彼女としては、ちょっとした記念品のつもりだったのだろう。求める彼女よりも、求められた私の方が緊張してしまった。
云うのが遅れたが、我がコブラガールの意匠を手がけてくれたのは、シンカワさんである。これは私の生涯の自慢になる。時空絵師がデザインした衣装を着用して、斬り合いを演じるのは、まさに「活劇屋冥利に尽きる」時間であり、現場であった。
因みに、コブラガールの愛剣『大蛇丸』もシンカワさんの作品である。大蛇丸は、ベテランの小道具さんに頼んで、メンテナンスをやってもらっている。その後、同剣は私の手元に戻り、終末デーを迎えることになる。
私も大蛇丸といっしょならば心強い。この魔剣は、孤独の旅を続けるコブラガールにとって、最強の相棒と云える。彼女は他者を信じない。命の恩人さえ斬り殺す。そんな彼女が、信頼を寄せるほとんど唯一の対象が大蛇丸なのだ。
「シン…」
私はシンカワさんに声をかけようとしたが、寸前でとどまった。彼女の仕事を私の都合で妨げることはできない。足音を響かせぬように注意をしながら、私はその場を去った。
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