番外篇:セーコとシオール

女優

 スラグマン後篇の撮影が終わった。同時に記念のくす玉が割れ、万雷の拍手が鳴り響いた。私は花束を受け取り、今日の出演者、そして、全てのスタッフと挨拶と握手を交わしてから、スタジオを出て、シャワールームへ向かった。

 脱衣場でコブラガールの衣装を脱ぎ、温水を浴びた。但し「コブラ頭」だけは外さずに、そのままにしておいた。

 最初は鬱陶しくてたまらなかったが、毎日かぶっている内に何やら不思議な愛着が湧いてきたのだ。あの日が来るまで、私は「コブラガールとして」生きるつもりになっていた。

 この格好でデパートやレストランに行くと、大抵の者が吃驚したり、喜んだりしてくれる。特に子供の受けが好い。それらの反応を私自身、とても面白く感じる。まったく、コブラ頭は素晴らしい。一度かぶると、病みつきになる。嘘だと思うのなら、あなたもかぶってみるといい。私の気持ちが即座に理解できるはずだ。


 すっかり馴染んでいるので、会話や食事など、日常の用事に困ることはない。むしろ、外してしまうことに、私は恐れのようなものを感じていた。コブラガールであることを放棄した途端、私は運動神経が多少秀でているに過ぎない「ただの女」に戻ってしまう。それが怖かった。

 悪趣味バイオレンスの三流ヒーローではあるが、コブラガールは私にとって「女優人生最高の大役」と云えた。これほどの役が回って来ることは、おそらく、二度とあるまい。何故なら、この撮影所は三ヶ月後に閉鎖、いや、この世界から跡形もなく消え去ってしまうからである。


 私は全身の汗を洗い落とし、肌に付着した水滴を丹念に拭った。脱衣場に戻り、あらかじめ用意しておいた私服に着替えた。撮影は終了した。これからの時間は純粋な自由である。何をしてもかまわない。役者の特権だ。

 一方、監督とスタッフたちには、フィルム・チェック、編集作業、音入れなど、たくさんの仕事が山のように待ち受けている。もっとも彼らは「映画狂」と呼ばれる種族の集まりだから、ほとんど苦には感じていないだろう。嬉々として、自分の業務に取り組んでいるに違いない。


 当然ではあるが、所内の雰囲気は暗かった。撮影所全体が巨大な黒雲に包み込まれてしまったかのようだ。相変わらず元気なのは、スラグマンの参加者ぐらいであろう。オープン当初の活気はどこかへ吹き飛び、擦れ違う者の大半が陰々滅々たる表情をしていた。

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