なめくじ怪人

 私は逃げた。


 蛇類系キメラマンの天敵として誕生した蛞蝓系キメラマンとまともに戦っても、勝機は絶無だ。私の牙も爪も毒も、そして剣も、こいつには一切効かない。スラグマンの口から噴射された溶解液をしたたかに浴びて、私は早くも敗勢に追い込まれていた。

 何故にこいつがここにいるのか?詳細は不明だが、私が戦士の勘を有しているように、こいつは捕食者のそれを持っている。私の追跡中に、蝮のカンキチの噂を聞き、大好物である蛇類系を食いに来たのだろう。

 カンキチの下半身を食べ尽したこいつは、上半身の捕食に移ろうとした。そこへ最高の好物であるコブラ女がのこのこと現れたというわけ。まったく私ほどの間抜けはざらにはいまい。

 私の登場に、さしものスラグマンも刹那驚いていたが、追跡の手間が省けた喜びに全身を蠕動させながら、私に自慢の溶解液を噴きつけてきた。こいつは無駄口をきかない。本物の殺し屋だ。

 嫌な臭いがした。溶解液を浴びた部分から、白煙が噴き上がっていた。表皮が溶け、肉が崩れた。亀裂から血潮がしぶいた。激痛に私は呻いた。


 館から飛び出した私は、蝮池の上に架けられた橋に戻っていた。第二の溶解液が放射される寸前に、私は背負い袋に入れておいた「塩袋」を取り出し、出しざまに、中身全部をあいつの顔面にぶつけてやった。

 多少の効果はあった。もちろん、この程度で死んでくれるような生易しい相手ではない。しかし、脱出のスキを得ることはできた。

「ぐはっ」

 大量の血反吐を吐きざまに、私は橋の上に倒れた。出血が酷い。特に右足の怪我が深刻だった。塩攻撃のダメージから回復したあいつが、間もなく、ここにやって来る。用心深いあいつのことである。食事の前に獲物の息の根を完全に止めるはずだ。私は殺され、食われる。これまで大勢の同類を屠り、その死肉を食べてきたが、いよいよ、私の番が巡ってきたというわけだ。

「……」

 私に可能な唯一の抵抗は、蝮池に自ら飛び込み、ピラニアどもの餌になることであった。蛞蝓野郎に食われるぐらいなら、タクやその配下に提供してやる方がまだマシであった。やるなら、今の内だ。鈍重に見えて、スラグマンの動きは意外に素早いのだ。あいつの太い腕に捕まったら、池に飛び込むこともできぬ。

 私は満身創痍の体に鞭打って、橋の欄干に近寄り、それを掴んだ。館の外に出てきたあいつの姿を私は横目に捉えた。

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