すっぽん怪人
私は鼈男のタックルを辛うじてかわした。かわしざまに、鼈男の喉笛に咬みついた。左右の牙が、表皮を突き破って、喉の肉に深々と潜り込んだ。同時に牙の先端から、猛毒の注入が開始される。
その瞬間、私は「勝ち」を意識したが、鼈男の闘志は衰えなかった。両手で私の首を掴むと、万力同然の握力で絞めつけてきたのだ。まったく大した男である。不屈のファイターに敬意を捧げよう。敵ながら、天晴れだ。
私の毒が早いか、鼈男の鉄腕が早いか。際どい勝負になったが、私の毒牙に捉えられた以上、鼈男の勝ちはほぼなくなったと云っていい。彼にできるのは「相討ち」に持ち込むことのみであった。間もなく、私の首を絞めつける力が弱まり始めた。蛇毒の効果だ。私の毒が鼈男の全身を駆け巡り、彼を急速な死へと誘った。
ばしっ。ばしっ。という鼈男の肉体が裂ける(弾ける)音が、玄関ホールに響き出し、体中に生じた亀裂の奥から、大量の血液が、活火山を思わせる勢いで虚空に噴き上がった。
気がつくと、鼈男の両眼から生命の光が消えていた。私を絞め殺そうとした体勢を維持したまま、鼈男は絶命していた。喉笛から毒牙を引き抜くと、鼈男は支えを失った銅像みたいに、市松模様の床面に崩れ落ちた。
鼈男を倒した私は、勝利の快感を味わいながら、右階段の踊り場に足を進め、蜘蛛女の頭部を串刺しにしている大蛇丸を回収した。死骸の口から剣を抜き取った途端、相当量の血反吐が湧き出したが、すぐに止まった。
「……」
石の床に倒れている鼈男を見下ろしている内に、私の中に獰猛な欲求が渦巻き始めた。説明するまでもなかろう、食欲である。鼈男の死肉が猛烈に食いたくなったのだ。鼈肉と云えば、鍋料理(まる鍋)が有名だが、さすがにこの状況で、解体や調理をしている時間はない。又、道具もない。
「……」
私は鼈男の甲羅をめりめりと引き剥がした。甲羅の奥から現れた新鮮な臓物類を私は何かにとり憑かれたように食べ始めた。旨い。鼈のモツがこれほど美味だとは知らなかった。旨いだけではない。栄養成分もたっぷりだ。
「……」
食事中、何者かの気配を感じた私は、その方向に顔を向けた。視線の先に蝮屋敷の使用人だと思われる女が立っていた。発狂寸前の顔をしていた。私と眼を合わせた刹那、口から、凄い量の泡が吐き出された。女は白眼を剝きざまに、糸の切れた操り人形のごとく、床の上に転倒した。
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