くも怪人

 蜘蛛女はカンキチの元情婦らしい。詳しい事情はわからないが、何やら親分の逆鱗に触れるようなことをやり、罰として、庭の植木に巣を張っていた蜘蛛といっしょに融合機(欠陥品)に放り込まれ、虫頭人身ならぬ人頭虫身のモンスターに変えられてしまったという。

 一時はボスの寵愛を受けていた女だ。美しい顔つきをしている分、グロテスクな印象がより強調される結果となった。この姿ではどこにも行けぬ。逃げたくても逃げられぬ。カンキチも惨酷なことをするものだ。


 融合以後、蜘蛛女は蝮屋敷の番犬代わりとして働かされているという。報酬は何もない。食べものと寝るところを与えられるのみだ。奴隷同然の扱いだが、この屋敷の他に彼女の生きられる場所はないのだ。彼女の運命に関しては、さしもの私も多少の憐憫を感じる。しかし、敵として襲いかかって来るからには、応戦するしかない。殺(や)らねば、殺られる。

「くらえっ、コブラ頭!蜘蛛女の地獄糸を!」

 必要のない台詞を云ったゆえに、蜘蛛女は私に対する攻撃が遅れた。それが勝敗の分かれ目になった。私は階段の登り口に達した瞬間、大蛇丸を蜘蛛女の顔面に投げつけた。私の接近攻撃を予想していた蜘蛛女にとっては、意表を突かれる形になった。

「げばっ」

 地獄糸が吐き出される筈の蜘蛛女の口に、光の矢となった大蛇丸が滑り込んでいた。気がつくと、蜘蛛女の頭の後ろに剣が生えていた。虚空に露出した刀身に血の糸が絡みついていた。

 蜘蛛女は、頭の前後から血飛沫を噴き上げ、地獄糸の放射体勢を保ったまま、踊り場の上で絶命した。感謝をしろとまでは云わぬ。が、私を怨むな。悲惨な境遇から解放してやったのだから。


 振り向きざまに私は背後に迫る鼈男を迎え撃った。大蛇丸を回収している余裕はなかった。鼈男の正体は不明である。カンキチの子分ではない。用心棒募集の噂を聞きつけ、蝮屋敷の門を叩いた。合格以後、この屋敷に住み込んでいる。

 謎めいた男である。どこで融合したのかさえも曖昧だが、少なくとも欠陥機ではなかったらしい。ほぼ完璧に融合を果たしているからである。直立歩行も可能で、動きも素早い。侮れぬ強敵と云えた。

 私と鼈男は激しい格闘を演じた。が、肉弾戦になると、膂力に勝る鼈男に利がある。右の鉄拳が私の頬に命中したかと思うと、続いて、左の鉄拳が脇腹を捉えた。体勢を崩した私に鼈男がタックルを仕掛けてきた。

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