広間
玄関の扉を蹴破る前に、私は大蛇丸の刀身にからみついた血糊を持参の懐紙で拭い去った。途端に、刃面の光沢がよみがえる。まったく素晴らしい剣だ。大蛇丸には幾度も命の危機を救われている。組織の開発部に感謝しなくてはなるまい。もっとも、返却するつもりはないが。
「のわーっ」
予定通り、私が扉を蹴破ると、その後ろにいたらしいやくざが、苦鳴と鼻血を噴き上げながら、後方に吹っ飛んだ。肥満体の中年男で、醜怪な形相をしていた。誕生以来、悪いことしかしたことがないという顔をしていた。
病的に磨き立てられた市松模様の石床の上で、鼻を潰されたやくざが無様にもがいていた。私はそいつに近づくと、質問を浴びせた。
「親分はどこだ?蝮のカンキチはどこにいる?」
カンキチの居場所については、あかなめから情報を得ているのだが、念のため、屋敷の住民に訊いてみることにしたのだ。
「知らんっ。たとえ知っていても、てめえなんぞに教えてたまるかい!」
「へえ」
私は口辺に残忍な笑いを浮かべながら、
「じゃあ、知っているんだな。もう一度問う。カンキチはどこだ?」
「知らん」
「これが最後だ。答えを変える気はないか、でぶ」
「ない」
「ならば良い」
次の瞬間、私は大蛇丸を真横に払った。上半分を削ぎ飛ばされた肥満博徒の頭部が、血の雨を撒き散らしながら、廊下の奥へ消えた。
「……」
私は今、蝮屋敷の玄関ホールにいる。大広間ならぬ中広間程度の規模だった。左右に一階と二階を繋ぐ階段があり、明り取り用の窓を通して、陽光が降り注いでいた。私が目指すべきなのは、上階ではなく、階段と階段の間の先にある扉であった。
扉の向こうに「池に架けられた橋」がある筈だ。そして、その橋の終点に「小館」が建てられており、ここ最近、カンキチはそこに篭り切りらしい。タロエモンの放った刺客を警戒してのことであろうが、用心が過ぎる気もする。もし私が彼ならば、自分の方から積極的に攻めるだろう。地域一の大親分に成り上がったことが、かえって、彼を臆病にしたのかも知れない。
「……」
気がつくと、両階段の踊り場に異形の存在が出現していた。我が同類、キメラマンの登場であった。左の階段に「鼈男」が、右の階段に「蜘蛛女」が現われていた。鼈と蜘蛛は、戦闘態勢を整えつつ、私の動きを窺っていた。二大難敵を一度に相手にする手はない。私はまず、右の階段へ走った。
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