標的

 雨勢に変化はなかった。無数の雨粒が車体にぶつかり続けていた。バスの走行は快調だが、時折「がくん」と大きく揺れることがある。道路の補修に怠りがあるのだ。道を直す予算もないのか、感覚自体が欠落しているのか。来訪者たる私にはわからない。

 バスが揺れる度に化けたぬきの子供が「きゃっきゃっ」と騒ぐが、不快なほどではない。私は視線を窓外からあかなめの顔に移すと、会話を再開した。

「とは云うものの、いささか解せんな」

「何がですか」

「スネークマンならぬマンスネークに化したとは云え、蝮は融合戦士だ。ならば、刺客など返り討ちにすればいいではないか。用心棒を雇う意味がない」

「蝮の親分が真に警戒しているのは、蟷螂の親分ですよ。あの親分のことだから、殺し屋たちの先頭に立って、蝮屋敷に斬り込んでくるでしょうよ。今夜あたり仕掛けてきたりして……」

 あかなめは「そうあって欲しい」というような口調で云った。ギャング同士の殺し合いが、面白くてたまらないらしい。

「……」

 次の刹那、私の脳内にある疑問が浮かんだ。それについて、私はあかなめに質問した。

「まさか、妖怪。蟷螂もキメラマンではあるまいな?」

「ハハッ。さすがはコブラの姐さんだねえ。おっしゃる通りですよ。この辺のやくざの中で、一番初めにミックスマシンを買い入れたのは、実は親分なんです。買いざまに蟷螂と融合して、正真正銘の『蟷螂の親分』になったわけです」

「馬鹿げている。人間であることを捨てて、自ら化物になったか」

「えっ。姐さんは違うんですか」

「私のことはどうでもいい。で、蟷螂の融合はうまくいったのか?」

「成功です。虫頭人身のキメラマンが誕生しました。左手は鎌形ですが、右手は人間とほぼ同じだから、日常生活に困ることはないみたいです」

「蟷螂のマシンはどうやら正常らしいな。奴はまだ融合機を保持しているのだろうか?」

「さあ、どうですかね。うーん。そこまではわからないなあ……」

 あかなめは胸の前で両手を組みつつ、首を横に傾けた。

「もし持っているようなら、私が会うべきなのは、蝮ではなく、蟷螂の方ということになる」

「はあ」

「蟷螂の屋敷はどこにある?知っているなら、教えてくれ。無料(タダ)では嫌だと云うなら、代価を払おう」

「銭はいいですよ。でも、本気ですか、姐さん」

「ああ。本気だ。手土産は、そうだな……。蝮の首が適当だろう」

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